5月2日未明――デビルズネットワークタワー・アスカロト。
「申し訳ありませんが、この時点で引き受けると確約された方以外にはこの先をお話することは出来ません。引き受けると仰られる方々のみ、どうかお残りください」
サーチャーの逢魔・魅阿がお決まりのフレーズの後で口にしたのは、政治的かつ軍事的に非常にデリケートな依頼の内容であった。
「中華人民共和国のパトモス派遣文官、張文昇氏が接触していると思しき女性を、魔皇様方には拘束していただきます。……これまでの調べによると『北海道』の工作員である可能性は非常に濃厚です」
何故このような依頼が出されるのか。それは先月にあった依頼がきっかけである。張の行動を訝しんでいた狐蓮――同じく中華人民共和国のパトモス派遣武官だ――が、張によって罠にかけられたことを察知して逃亡し、何と敵であるはずの台湾陸軍中佐・黒珊瑚の元へと逃げ込んだのだ。
依頼としてその手助けをした際に、狐蓮の口から張が『北海道』に接触していたことが明るみに出た。この事実は依頼を受け動いていた1人のパトモス魔軍所属の魔皇の手によって、レポートとして司令部に即日提出され――密かにパトモス魔軍が裏付け調査を開始することとなった。
そして1ヶ月経った今日、こうして依頼が出された訳である。拘束しても問題なかろうと、確信を得られたために。
……となると、この依頼を出したのは……?
「貴様たちが、今回の依頼を引き受けてくれるというのだな?」
魔皇たちの背後から女性の声が聞こえた。一斉に振り返ると、そこには1人の女性が立っていた――パトモス魔軍の総司令官である智覇、その者だ。
「今回の依頼は、パトモス魔軍の要請によるものです。記録上は、狐蓮様よりの依頼という名目にさせていただいておりますが……」
魅阿がそう付け加える。この言い方は、パトモス魔軍が動いていることを表に出すなということなのだろう。
「正式に軍で動くとなると、敵に察知されるかもしれないのだ。よって依頼を達成するまで我が軍……いや、パトモスにおける各組織の名を口に出さないようにしてもらおう。しかし、各組織の力を必要とすることが最善であると判断したのであらば、各人の責任においてそのように動くことはやぶさかではない」
……つまりあれか。軍なり警察なりに所属している者はその力を使っても構わないが、依頼を達成出来なければ『君たちが勝手にやったこと』として処分させてもらう、ということなのだろう。
まあ分からないでもない。達成出来る出来ないに関わらず、これで中国との関係に何らかの変化が起こることは間違いないのだから。『組織と関係ない立場の者』が必要とされるのは、そういうことの表れである。
しかし、そういう手間をかけてまで何故にパトモス魔軍は動くのか? もちろんパトモスを敵の手から守るためという目的が一番であると思われるが……ここだけの話、パトモス魔軍としては他軍や他組織などに実績を見せ付けて、一定の力を確保しておきたいという裏事情もあるのだろう。好意的に考えれば、何かと魔属を見る目の厳しい中でも問題なく動けるようにするためだとも言えなくもなく。
「行動パターンの調査などから、本日の昼……ビルシャスにある中華レストランにて、張は工作員と接触するものと思われる。生きて工作員を拘束するのだ、必ず」
智覇がそう言って、ぎゅっとこぶしを握った。工作員を生きたまま捕らえる必要があるのは分かるが……張はどうするのだろう?
「依頼達成後、正式ルートを通じて中国に抗議を行う手筈になっている。張の身分については向こうが決めることだ。外交特権がなくなるのであれば、警察が動く可能性もある」
と智覇。……張にとってはある意味恐ろしい決定ですな、それは。
「それでは魔皇様方、くれぐれもお気を付けて……」
深々と魅阿が頭を下げた。
さあ……工作員を捕らえに行こうじゃないか。
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