■【人判】工作員を拘束せよ■
商品名 アクスディアEX・デビルズネットワーク クリエーター名 高原恵
オープニング
 5月2日未明――デビルズネットワークタワー・アスカロト。
「申し訳ありませんが、この時点で引き受けると確約された方以外にはこの先をお話することは出来ません。引き受けると仰られる方々のみ、どうかお残りください」
 サーチャーの逢魔・魅阿がお決まりのフレーズの後で口にしたのは、政治的かつ軍事的に非常にデリケートな依頼の内容であった。
「中華人民共和国のパトモス派遣文官、張文昇氏が接触していると思しき女性を、魔皇様方には拘束していただきます。……これまでの調べによると『北海道』の工作員である可能性は非常に濃厚です」
 何故このような依頼が出されるのか。それは先月にあった依頼がきっかけである。張の行動を訝しんでいた狐蓮――同じく中華人民共和国のパトモス派遣武官だ――が、張によって罠にかけられたことを察知して逃亡し、何と敵であるはずの台湾陸軍中佐・黒珊瑚の元へと逃げ込んだのだ。
 依頼としてその手助けをした際に、狐蓮の口から張が『北海道』に接触していたことが明るみに出た。この事実は依頼を受け動いていた1人のパトモス魔軍所属の魔皇の手によって、レポートとして司令部に即日提出され――密かにパトモス魔軍が裏付け調査を開始することとなった。
 そして1ヶ月経った今日、こうして依頼が出された訳である。拘束しても問題なかろうと、確信を得られたために。
 ……となると、この依頼を出したのは……?

「貴様たちが、今回の依頼を引き受けてくれるというのだな?」
 魔皇たちの背後から女性の声が聞こえた。一斉に振り返ると、そこには1人の女性が立っていた――パトモス魔軍の総司令官である智覇、その者だ。
「今回の依頼は、パトモス魔軍の要請によるものです。記録上は、狐蓮様よりの依頼という名目にさせていただいておりますが……」
 魅阿がそう付け加える。この言い方は、パトモス魔軍が動いていることを表に出すなということなのだろう。
「正式に軍で動くとなると、敵に察知されるかもしれないのだ。よって依頼を達成するまで我が軍……いや、パトモスにおける各組織の名を口に出さないようにしてもらおう。しかし、各組織の力を必要とすることが最善であると判断したのであらば、各人の責任においてそのように動くことはやぶさかではない」
 ……つまりあれか。軍なり警察なりに所属している者はその力を使っても構わないが、依頼を達成出来なければ『君たちが勝手にやったこと』として処分させてもらう、ということなのだろう。
 まあ分からないでもない。達成出来る出来ないに関わらず、これで中国との関係に何らかの変化が起こることは間違いないのだから。『組織と関係ない立場の者』が必要とされるのは、そういうことの表れである。
 しかし、そういう手間をかけてまで何故にパトモス魔軍は動くのか? もちろんパトモスを敵の手から守るためという目的が一番であると思われるが……ここだけの話、パトモス魔軍としては他軍や他組織などに実績を見せ付けて、一定の力を確保しておきたいという裏事情もあるのだろう。好意的に考えれば、何かと魔属を見る目の厳しい中でも問題なく動けるようにするためだとも言えなくもなく。
「行動パターンの調査などから、本日の昼……ビルシャスにある中華レストランにて、張は工作員と接触するものと思われる。生きて工作員を拘束するのだ、必ず」
 智覇がそう言って、ぎゅっとこぶしを握った。工作員を生きたまま捕らえる必要があるのは分かるが……張はどうするのだろう?
「依頼達成後、正式ルートを通じて中国に抗議を行う手筈になっている。張の身分については向こうが決めることだ。外交特権がなくなるのであれば、警察が動く可能性もある」
 と智覇。……張にとってはある意味恐ろしい決定ですな、それは。
「それでは魔皇様方、くれぐれもお気を付けて……」
 深々と魅阿が頭を下げた。
 さあ……工作員を捕らえに行こうじゃないか。
シナリオ傾向 政治:5/陰謀:10/戦闘:?(5段階評価)
参加PC 錦織・長郎
マニワ・リュウノスケ
【人判】工作員を拘束せよ
●事前準備
 5月2日昼――全ての準備は整っていた。
 情報にあった中華レストランの周囲は、バトモス魔軍の諜報部員たちが見事に配置されていた。正面・裏口は当たり前、地下の下水路にレストラン屋上、さらにはレストラン周辺の各道路まで人員の配置がなされている。
 そんなことが可能なのも、バトモス魔軍諜報部所属である錦織長郎の働きがあったればこそであろう。
「いつもの行動パターンだと、そろそろだろう」
 時刻を確認し、長郎が言った。長郎はレストランの個室の1つで待機をしていた。張と女性工作員が合流次第、すぐに踏み込めるようにするために。
 まだ張も、女性工作員の姿もレストランにはない。しかしながら、これまでの行動パターンからすれば現れるのも時間の問題であろうと思われた。
「ビルシャス外での配置も問題ないでござるか」
 そう確かめるように言ったのはマニワ・リュウノスケだ。
「問題はない。デモンズゲートにも人員は配置してある。出来ることなら、この場で片をつけたいが……」
 と言って、長郎はリュウノスケの方へと向き直った。
「それよりも、平井女史が生きているというのは本当なのか」
「事実でござる。……白状したでござるからな」
 昨夜、リュウノスケは魔属に対する規制強化の強硬派で現在の実質代表格・田原雄一の口からそのことを聞いていたのだ。しかも、黒山三郎の秘書であった平井が『北海道』の工作員であったということまで……。
「となると、今はどこに居るかが問題になってくるね」
 思案する長郎。リュウノスケも黙り込む。
「……じきに分かるような気がしなくもないけれど」
 ぼそりとつぶやいた長郎の言葉に、リュウノスケは反応しない。その態度が、ある意味何かを語っているようにも思えた。
 その時、部屋にウェイターが入ってきた。
「チャイナドレスの女性が来ました」
 小声でそう伝えたウェイターも、やはり諜報部員であった。
「例の部屋に通してあります」
 予めどの部屋に通すかは決めてあった。それから逆算して、長郎はあれこれと人員を配置したのである。
 そして間もなく張もレストランにやってきて、女性の待つ部屋へ通された。ウェイターに扮している諜報部員が個室に料理を運び、確実に2人だけであることを確認してから、その旨を長郎に伝えた。
 さあ――いよいよ踏み込む時間だ。

●確保せよ!
 個室のドアが勢いよく開かれる。次の瞬間、個室の中から女性の声が飛んできた。
「動かないで!」
 中国語ではない、明らかに日本語だ。その右手は、何やらスイッチを押さえている。それを見た長郎ははっとした。
「デススイッチか!」
「ご名答」
 サングラスをかけた金髪チャイナドレスの女性は、そう言ってくすっと笑った。
 デススイッチを簡単に説明すれば、何らかの理由で握っているこのスイッチを放した瞬間に爆発が起こるというものだ。その『何らかの理由』のほとんどが持ち主の死亡であると言えば、何故にデススイッチと呼ぶのかは分かるはずである。
「これでもプロだから、備えはしてあるの。さ、分かったら道を開けてちょうだい。何ならここで心中する? もっとも、これが普通の爆弾だったなら……だけど」
 脅しの言葉を投げかける女性。普通の爆弾ではない爆弾といえば……。
「まさか『汚い爆弾』でござるか!」
 リュウノスケが叫んだ。女性はくすくす笑って答えない。もしその通りだとすると……この辺り一帯は瞬く間に放射性物質によって汚染されてしまうことだろう。しかしながら、これが全くのはったりでダミースイッチである可能性だって考えられる。
 場が膠着状態に陥る。万一『汚い爆弾』であるのなら、迂闊に手を出せなくなる訳で――。
 だが、その膠着状態を破った者が居た。それは文字通り破ったのである――個室の天井を。
 天井裏から人影が落ちてきたかと思うと、女性に踊りかかって手にしたスイッチを何と叩き落としたのである!
 すわ爆発……かと思いきや、スイッチは床にころころと転がって何の反応も起こさない。
「確保!!」
 すかさず長郎が指示を出し、多勢に無勢で張と女性は取り押さえられてしまったのであった。
「やれやれ……」
 床に転がったスイッチを拾い上げたのは長郎の逢魔の幾行だった。そう、天井裏から現れた人影である。
 実は幾行、この個室の天井裏に待機するよう長郎から指示を受けていたのであった。最大の貧乏くじだ何だとぶつぶつ言っていた幾行だったが、こうなってみると最大の殊勲者だったかもしれない。
「……口紅は爆発しないよね」
 きゅぽんとふたを開けた幾行。中から真っ赤な口紅が現れた。口紅以外の何物でもない。
「どうして分かった?」
 長郎が幾行へ尋ねた。それに対し幾行はさらりと答えた。
「さっき張が言ってたんだ。『それはこないだ贈った口紅だろう?』って」
 ……なるほど、分かってみれば非常に間の抜けた話である。
「少しばかり事情聴取は良いかな?」
 幾行がそう言うと、張はがっくりとうなだれた。観念したのであろう。
「よし、撤収だ。この2人を手筈通りに」
 長郎が諜報部員たちに指示を与える。確保した張と女性は、救急車に偽装した護送車で護送されることとなった。

●尋問
 護送先はパトモス魔軍の施設であった。そこでこれからいくばくかの尋問を行い、その後にしかるべき所へ送致する予定である。
「……やはりそうでござったか」
 女性の前に立つリュウノスケは、自分の予想が当たったことに非常に複雑そうな表情を浮かべていた。女性の顔から、今はサングラスは外されている。そこには見覚えのある顔……平井の顔があったのだ。
「やはり生きていたのですね、平井女史。まあ『平井』という名前も偽名なのでしょうがね。ここは便宜上、『平井』と呼ばせていただきましょう」
 長郎が静かに平井へ言った。
「平井殿……正義を唱えても無辜の者を巻き込む事に大義などござらぬ。この花に誓い真実を述べられよ」
 2輪の枯れ果てた花を平井に見せ、リュウノスケは言った。1輪は旭川第2師団蜂起時に戦闘で吹き飛んだ花、もう1輪は大阪で悪魔化魔皇により精気を吸い取られ枯死した花である。平井は少しの間その花を見ていたが、やがて顔を背けた。
「何故黒山殿を陥れ申した?」
 リュウノスケが平井へ問う。平井は悪びれず答えた。
「女性好きだって聞いたからよ。与し易いと思って近付いてみたら……意外だったわ。自分の信念は曲げやしない。そこで方針転換したの」
「規制強硬派のナンバー2であった田原殿に近付いた訳でござるな」
「ええ。あんなに動かしやすい駒はなかったわね。傀儡の王になっても、それで満足出来る奴よ、あいつは。それで邪魔になった黒山を罠にかけたって訳。薬の中にこっそり麻薬を混ぜたり、世間に悪い噂を流してみたり……結構手間がかかってるのよ?」
「その手間の中に、『汚い爆弾』も含まれているという訳か」
 長郎が割り込んできた。
「もし『汚い爆弾』が破裂したら全面戦争に至るが、それで笑うは神帝軍なのは承知かね? 真の敵を間違えるべきでないと思うがね」
「……戦争はすぐに終わらせる計画だったわ。例えパトモスが『日本』の侵略を行ってきても、こう工作を行うつもりだったもの。『放射性物質による汚染を放置して、国民を顧みずにパトモスは侵略戦争を仕掛けている』って。そう言われて、パトモスに居る神属は戦争を続けると思う? 一般人が黙っていると思うのかしら? そもそもこの国は、核に対するアレルギーは強いのよ?」
 と言って平井はくすくす笑った。
「そんなことをすれば、怒りの矛先は『北海道』に向くとは思わないのかね」
「そのための黒山よ。糸を引いていたのは黒山……そう言えば、一般人は何を信じるかしら? 麻薬で捕まった人を信じようだなんて、普通思わないでしょう?」
 ……それだけ周到に工作を行っていた、ということか。恐らく、まだ判明していない部分でも何かしら工作が行われているのだろう。
「その麻薬だが」
 長郎が話題を変えてきた。
「東南アジアの麻薬にも絡んでいたのではないかね。人を堕落させるのに麻薬は好都合だ。弱体化と評判悪化を狙っていたのであろう?」
「ええ、そうよ。中を疲弊させれば、それだけ攻略はしやすくなる。……工作活動におけるセオリーでしょ」
 『北海道』による工作活動はかなり手広く行われていたようだ。全容を解明するにはかなりの時間がかかりそうである。それでもやらねばいけないのだが。
「この地に入り込んでいる工作員たちは……神魔属・魔人は如何程でござる。そのアジトは」
 リュウノスケが静かに尋ねた。しばしの沈黙の後、平井はアジトの場所や構成人数などを口にした。
「これでもいさぎはいいつもりなの。何たってあたしは『日本人』ですから」
 その平井の言葉がとても哀しく聞こえたのは、きっとリュウノスケや長郎の気のせいなどではないだろう……。

●そして……
 その後のパトモスでの出来事を簡単に語っておこう。
 平井の供述により、新東京に入り込んでいた『北海道』の工作員たちは一網打尽となり、懸念されていた『汚い爆弾』を全て回収することに成功した。
 田原とその一派は逮捕され、黒山は無事釈放されていた。その結果、規制強硬派の勢力がかなり弱くなり、榊進一郎率いる規制緩和派の勢力が強まることとなった。
 張も逮捕され、中国からは『政府は何ら関与していない。張が勝手に行ったことである』と予想された回答が返ってきた。そしてパトモスとの交渉窓口が狐蓮であると改めて宣言し、ASEANに一時的に保護されていた狐蓮には何のお咎めもなかったのであった。
 しかしながら中国はASEANに借りが出来た形となり、パトモスからの武器の供与枠について強くは出にくい立場となってしまったのである。結果、当面はパトモスからの武器供与枠は現状のバランスのまま推移するものと思われる。
 夏になってパトモスと『北海道』による衝突が起こり、パトモス軍が『北海道』に上陸・制圧し、『北海道』日本国の総理大臣・葛城辰巳が降伏文書に調印したことによって、パトモスと『北海道』は再び1つとなったのである。
 だが『北海道』において誰が操っていたのかは明確にされていたため、葛城が逮捕されることはなく、そのまま北海道復興のための長官に任命されたのだった。これは北海道の住民感情を考えての措置であったと思われる。無論、黒幕たちは逮捕され裁判を受けることになったのだが――。
 秋から冬にかけては九州・沖縄に駐留する神帝軍との激しい戦闘が繰り広げられたが、もうすぐ年を越そうかという間際にパトモス軍は神帝軍を追い出すことに成功し、ここに完全な形でかつての『日本』が回復されることとなったのである。
 しかしそれは戦いの終わりではない。未だ世界には神帝軍が駐留しているのだ。未来のための戦いは、今なお続いているのである……。

【了】