■逃避行、北へ【4】■
商品名 アクスディアEX・セイクリッドカウボーイ クリエーター名 高原恵
オープニング
 逃亡中の殺人犯――平坂雄太とその恋人である八田奈美を追うGDHPの捜査官や善意の協力者たちは、今はスミルナルと呼ばれる地域の一部分である旧の青森県にて懸命に捜査を続けていた。
 だがしかし、一旦後手に回ってしまうと、なかなか挽回は難しいようだ。結果――平坂たちは、被害者・黒田隼人の仲間たちの手に落ちてしまう。北海道へ密航させてやるなどと騙されて、大間の地へ連れてこられようとしていたのだ。
 大間では黒田の仲間たちが待っている。スミルナル署に応援を要請したが、間に合うかどうかは微妙な所。それまで平坂たちが無事だという保証はないのだから。
 失敗は許されない。平坂と奈美の身柄を無事に確保せよ!!
シナリオ傾向 捜査:5/戦闘:4(5段階評価)
参加PC 高町・恭華
陣内・晶
路森・凜火
無常・刹鬼
逃避行、北へ【4】
●急げ!
 一路大間へ向け、猛スピードで道路を走り抜けてゆく車があった。ミニバンタイプの車だ。車に乗っているのは女性である。
「はいはいーっ、時間との勝負ーっと!!」
 普通の洋服に身を包んだGDHP捜査官・寒椿は車内でそう叫びながら、目一杯スミルナル署から借り受けている覆面パトカーのアクセルを踏んでいた。言葉だけ聞いたらちとあれだが、表情は切羽詰まっていた。
 何しろ平坂たちの身柄が、寒椿より先行している黒田の仲間たちの手に落ちたと考えられる状況。少しでも追い付けなければ事態は悪化するばかり。いや……もう悪化なんてレベルではない。『最悪』の事態となることも、十分射程距離だ。
(きっと怪しまれないように、向こうは法定速度を守ってるはず。追い付ける可能性は……まだある!)
 寒椿は祈るような気持ちで車のハンドルを握っていた。

●痛みを感じて
「……海岸線にそれらしい船もない、か」
 コアヴィークルにまたがったまま、GDHP捜査官の高町恭華はぼそりとつぶやいた。恭華は大間の街の、海岸線沿いを重点的に捜索していた。陣内晶が聞いた『黒田たちの仲間が、北海道への密航請負人を装う』という情報を知ったのは、その最中のことだった。もちろん、平坂たちが敵の手に落ちたことも……。
(探索の間に、厄介なことに。あぁ、後手後手に回っているのは痛いなぁ……)
 これが偽らざる今の恭華の気持ちであった。
 だが、ここまでの探索が無駄だった訳ではない。海岸線沿いを回っていたことで、これ以上敵の数が増えることはないと確信出来たのだから。
 それらしい船が海に今ないということは、仮に後で船を出すとしても、それを操るのは現在把握されている人数で行うに違いないということ。つまり海で敵の仲間が待機していて戦闘に加わってくるということがない、と。
「フィアリスをこっちに呼んで正解だったな」
 恭華が小さく溜息を吐く。海岸線を重点的に捜索する前、恭華は署に詰めて情報収集を行っていた逢魔のフィアリスを大間へ来るよう呼び寄せていた。虫の知らせ……だったかどうか定かではないが、とにかく現状としてそれはよい判断だった。そのフィアリスには、先程の情報を知った恭華が晶の見付けた場所へ向かうよう指示を与えていた。
(どこから入ってくるか分からない。ぎりぎりまで探索を続けよう。そして、何とか奪還を……)
 そんな決意を胸に、恭華はコアヴィークルを再び走らせた。

●見張り
「だからこういうのは向いてないんですよねー」
「はい? 何か?」
 晶のため息混じりのつぶやきに、フィアリスが反応した。どうやらはっきりは聞き取れなかったようだ。
「いえいえ、こちらの話です」
 と曖昧にしてしまう晶。2人が居るのは、黒田の仲間たち3人が潜んでいる海岸近くの放置された小屋……から離れた所。小屋と周囲の道も見晴らせ、なおかつこちらも身を隠せる場所であった。
(寒椿君、間に合いますかねー……)
 今頃、こちらへ車を走らせているであろう寒椿の姿が晶の脳裏に浮かぶ。連絡は取った。こちらへ急行していることも分かっている。となればもう、あとは時間との勝負でしかない。
「……何としても2人を守りましょう。何をされたとしても」
 小屋の様子を見張っていたフィアリスは、固い表情で言った。

●参上
 その頃――大間の地に、黒田の仲間たちより先に足を踏み入れた者たちの姿があった。いわゆる街の玄関口となる道路からではない、ちょっと街外れにその2人は姿を現していた。
 2人は180センチは確実にありそうな背の高い者と、150センチほどと思しき背丈の低い者という組み合わせであった。背丈の低い者は、背の高い者の3歩ほど後ろに居た。
 いずれもフード付きの黒コートに身を包み、ご丁寧にも顔は黒き包帯でほとんどが覆われていた。かろうじて見えるのは両目の目元くらいであろうか。
「知った以上、愚弄せし不届き者を放っておく訳にはゆくまい……」
 こうつぶやいたのは、背の高い者のようだ。
「……軍も居る。手早く始末するとしよう……」
 背の高い者――無常刹鬼は後方を振り返ることなく言った。
「無常様の御意のままに……」
 それに対し、背丈の低い者――北辰が静かに答える。無常の言葉を、北辰が拒否する訳がない。
 そして2人は、大間の街へ入ってゆく……まるで影が闇に融けるがごとく。

●混戦・乱戦・苦戦
 寒椿の乗った覆面パトカーが、猛スピードで大間の街に入ってくる。徐々にスピードを落としながら、向かうは件の小屋近く。
「間に合ったーっ!!」
 車内で叫ぶ寒椿。やがて小屋近くで車を止め、エンジンをかけたまま後部座席に置いていたGDHP制服の入った紙袋をひっつかむ。
 そして大急ぎで寒椿が制服に着替えていると、1台のコアヴィークルがやってきた。恭華である。猛スピードで走る車、その運転席に寒椿の姿を見て追いかけてきたのだ。
「何事!?」
 運転席の窓ガラスをコンコンと叩き、恭華が寒椿へ尋ねた。寒椿は窓を少し開け答える。
「もうすぐ2人を乗せた車が来ます!」
 寒椿はほぼ制服に着替え終わっていた。それを聞いた恭華がすぐにフィアリスへ連絡をする。
「もしもし。まもなくここに現れるらしい。今の場所は……」
 小屋へ向かう手前の道に居ることを恭華は知らせた。
「了解しました。では署に連絡を入れ次第、そちらへ合流します」
 フィアリスがそう返答する。これで必然的に晶にも話が伝わった。
「で、どこで見付けたの?」
 恭華がエンジンのかかったままの車から降りてきた寒椿へ尋ねた。
「追い抜いてきました」
 荷台のドアを開きながら、さらりと寒椿は答える。一瞬、恭華は今の言葉の意味が分からなかった。
「は?」
「だから……追い抜いて、先回りを。し、仕方ないじゃないですかーっ! 一本道だったしっ! 大丈夫、正体は気付かれてませんからっ!」
 何だかよく分からないが、待ち伏せするために寒椿は荒技を使ったようである。峠だったら、確実にレースになってそうな技ではあるが。
「……まあ、いいけど」
 呆れ顔になりそうだったのを抑え、恭華は金属製特殊警棒を最大限に伸ばしてぶんと振るった。
 それからすぐに、1台の車と2台のコアヴィークルが姿を見せた。晶とフィアリスが合流するより先に、だ。
「じゃ……バックアップお願いします!」
 寒椿はそう言って、荷台に積んでいたサブマシンガンを手に構えた。いつでも突撃出来る態勢だ。
 とその時、いくつもの白い魔弾がコアヴィークルや車のタイヤ目がけて放たれた。射程ぎりぎりから、晶が真魔力弾を放ったのである。
 それを合図に寒椿が突撃。運転席目がけてサブマシンガンを撃つ。フロントガラスがたちまち粉々になり、車の中から3人の男が転がるように降りてきた。
「てめぇ! 何の真似だ!!」
 運転席に居た男が寒椿へ怒鳴った。その間にもまた、晶の真魔力弾が敵に襲いかかる。何か言う暇があったら攻撃しろ、という典型的な例がここにあった。
 寒椿はサブマシンガンで敵を威嚇しながら、車へと近付く。そして後部座席のドアを引っぺがした。寒椿に限らず、人化を解いているのだから、このくらいの力は出せるというものだ。
「降りて! 早く!!」
 後部座席に居た男女――平坂と奈美へ向かって寒椿が怒鳴った。だが、平坂たちはがたがた震えて動きやしない。いくら寒椿がGDHPの制服を着ていても、だ。
 そうこうしているうちに、寒椿を3方向からの光線が襲う。敵の1人が三方閃を使ってきたのだ。
「きゃあっ!!」
 思わず寒椿が悲鳴を上げた。
「GDHPだ! じたばたするな!!」
 恭華が三方閃を使った敵へ突進し、特殊警棒による突きをみぞおち付近に浴びせた。
「ぐえっ!!」
 今度は敵が悲鳴を上げる番だった。
「救出はまだ何ですかーっ!!」
 特殊警棒を手に車へ向かうフィアリスを見送り、晶が寒椿へ向かって叫ぶ。確実にこの場は乱戦となりつつあった……。

●粛正
 この騒ぎは当然ながら、小屋に潜んでいる3人も気付くこととなった。それはそうだ、近くでドンパチ始まっているのに全く何も聞こえないなんてことは普通ない訳で。
「おい、今の音は何だ?」
「銃声じゃねえか?」
「まさか戦争か!?」
 よもや自分たちの仲間が戦っているとは思っていない様子。よほど自分たちの策略に自信があったのであろう。もっともそのために、これから地獄を味わうことになるのだが……。
「ぐぁっ!?」
 突然壁に近い男の首に禍々しい靄をまとった黒い矢が刺さったかと思うと、その場に崩れ落ちた。何者かが魍魎の矢を放ったのである。
「何だっ!?」
「おい、どうしたっ!!」
 いきなりの出来事に慌てる残りの2人。すると銃声とともに小屋の扉が破壊され、黒い影が疾風のごとく飛び込んできた。それは真狼風旋を自らに付与した刹鬼の姿であった。
 突入するなり刹鬼は、手近な男の背を黒の錫杖で貫いた。真燕貫閃を付与していたそれは、男の心臓を鮮やかに貫いていた。
「ひぃっ!?」
 残った1人が思わず後ずさる。しかし、背後の壁が破壊されて、新たにまた1人現れる――北辰だ。先程魍魎の矢を放ったのもそうだ。
「……予定が狂ったが、罪は償ってもらわねばな……」
 刹鬼はちらりと後ろに視線をやってから、男に向かってつぶやいた。後ろとはもちろん、戦闘が行われている最中の場所のことだ。
「あ……あぁ……あ……?」
 残った1人はがくがくと身体を震わせていた。この男も魔皇ではあるのだが、完全に刹鬼や北辰に気押されていた。もはや反撃すら出来ないだろう。
「……チンピラ風情が北の者を騙ったのが運の尽きだ……」
 ゆっくりと刹鬼は男へ歩み寄った。それを聞いた男の顔色が真っ青になったように見えた。
「あぅ……あぁぅ……?」
 どうやら、目の前の刹鬼が何者であるか、男は察することが出来たらしい。
「……我ら日本国を愚弄せし罪は重い……」
「ああああああああああああああっ!!!」
 男が最後の勇気を振り絞って身を捩ったその瞬間――刹鬼の黒の錫杖と、北辰の黒爪が男の身体を同時に貫いていた。
「滅……」
 北辰がそうつぶやき、ゆっくりと黒爪を男の身体から抜いた。
(音が止んだか……我らも引き上げ時だ)
 それから刹鬼が黒の錫杖を静かに引き抜く。
 男の身体は、まるで糸が切れた操り人形がごとく落ちていった……。

●逮捕
 場面は再び小屋の外。乱戦はようやく収束していた。敵方に撃破弾を使って、敵味方関係なくダメージを与えようとした馬鹿者が居たが、それでもどうにか制圧に成功していた。無論、恭華たちGDHP側も無傷という訳にはゆかなかったが……。
「やれやれ……。こんなに怪我したの、いつぶりでしょうかねえ」
 のんびりとした口調で晶は言うが、左腕に切り裂かれたような傷を負っていたりする。敵の1人が使った旋風弾の目標となってしまったのだ。
「大丈夫ですか?」
 その晶の言葉は、ほぼ全壊した敵の乗っていた自動車のタイヤにもたれかかって地べたに座り込んでいる寒椿に向けられたものだった。
「…………」
 声もなく、力なくゆっくりと頭を振るだけの寒椿。無理もない、寒椿は敵方の第1目標となってしまったのだから。もっとも怪我を負ったと言っていいだろう。その証拠に、制服なんてもうぼろぼろだ。
 やはりあれだ、平坂と奈美が完全に怯えてしまってなかなか外へ出てこようとしなかったことも影響していた。平坂たちを連れ出そうとしているのだから狙われる。平坂たちにダメージが及ばないようにかばったりするから、余計に怪我してしまう。ああ、悪循環。
「大丈夫ですか?」
 同じ言葉だが、これはフィアリスが平坂と奈美にかけた言葉であった。フィアリスも2人をかばったゆえに、少なくない怪我を負っていた。
「…………」
「…………」
 だが平坂も奈美も、フィアリスの問いかけに答えない。ただ重苦しい表情で、うつむいているだけである。
「こっちは片付いたよ」
 敵の捕縛を済ませた恭華が、フィアリスのそばへやってきた。
「さて……」
 恭華が平坂たちへ目を向ける。残るは平坂の逮捕だ。事情はどうあれ、殺人という罪を犯して逃亡してしまった以上、平坂には手錠をかけなければならない。裁くのは裁判所の仕事であるゆえに。
「どうして……どうしてここまで来たの」
 なるべく優しい口調で、恭華は平坂へ問いかけた。ややあって、平坂が口を開く。
「北へ……北海道へ……故郷が……故郷が見たくって……せめて……一目……故郷を……」
 次第に涙声となる平坂。両目から、ぼろぼろと涙がこぼれていた。
「雄ちゃん……」
 奈美がそんな平坂の手に自らの手を重ね、そっと寄りかかった。
 この大間の地からは、よく晴れていれば北海道の地が見える。辿り着けないと分かっていても、一目見ずにはおれなかったのだろう。けれども、出来ることなら故郷の地を踏みたい想いがある。そこを、黒田の仲間たちに上手く突かれてしまった訳だ。
「……気持ちはあれですけどねー」
 やれやれといった様子で、晶が口を挟む。
「そもそも、逃げないでおとなしく捕まってればこんな騒ぎにならなかったのに。2人とも、2時間ドラマの見過ぎですよ。全く、ここが断崖絶壁じゃなくてよかったですよ」
 本気で言っているのか冗談なのか、ちと判断しにくいが、逃げない方がよかったというのは晶の言う通りだろう。
「平坂雄太。殺人容疑で、あなたを逮捕します――」
 平坂の涙が止まるのを待って、恭華は手錠をかけた。

●それからのこと
 しばらくしてスミルナル署からの応援も到着し、捕縛した黒田の仲間たちをそちらへ引き渡すことが出来た。平坂と奈美は簡単な調べが終わってから、新東京へ移送という手筈になっていた。本格的な調べはそちらで行われることになる。恐らくは、事件当時の状況を鑑みて正当防衛が認められるに違いない。
 微妙な場所ゆえに懸念されていた軍の介入はなかった。けれども戦闘の発生は大間の地へ派遣されていた部隊も把握していたらしく、どうも微妙な状況だった模様である。万一殲騎でも呼び出していたら、瞬く間に介入してきていたことだろう。
 こうして無事に事件は解決したように思えたが、1つだけ謎が残ってしまった。件の小屋の扉や壁が破壊され、中に潜んでいた黒田の仲間たち3人の死体だけが残っていたことである。
 何者がこのような真似を行ったのか、スミルナル署は未だつかめていない……。

【了】