■ある議員の視察■ |
商品名 |
アクスディアEX・セイクリッドカウボーイ |
クリエーター名 |
高原恵 |
オープニング |
黒山三郎というパトモス国議会の議員が居る。52歳男性、人類派の議員だ。
この黒山、魔属に対する規制をもっと強化すべきだと意見の持ち主だった。まあ、そう考える議員は黒山1人ではなくそこそこの人数が居る訳だが……その中にあって、黒山は突出していたと言えば分かってもらえるだろうか。
神機装置ルチルの設置範囲をもっと増やすべきだとか、魔属にもっと制限を加えるべきだとか、とにかくタカ派なのだ。魔属にしてみれば、たまったものではない。
その主張は近頃どんどんエスカレートしてきていて、噂では規制派の議員たちも黒山のことは最近持て余しているらしい。同様に見られたくないとでも思っているのだろうか。
さて、そんな黒山。何を思ったか、急にデモンズゲートを視察すると言い出した。周囲の者が諌めても、頑にそれを拒否。結局、黒山に押し切られる形で視察が決定した。
「すでに行くと記者たちにも言ったのだ。取り消しては、恐れをなしたと魔属どもになめられるではないか」
と、黒山が言ったとか言わないとか。おかげでGDHPなどは警備に狩り出されることになった。何しろ黒山は規制強化の強行派。テロリストが狙ってこないとも限らないのだから。
そんなお騒がせな視察当日、あなたはどのように過ごしていますか?
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シナリオ傾向 |
政治:6/陰謀:6(5段階評価) |
参加PC |
錦織・長郎
マニワ・リュウノスケ
瀬戸口・春香
真田・浩之
草壁・当麻
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ある議員の視察 |
●すでに物事は始まっている
6月某日午前・デモンズゲート某所――黒山三郎の乗った車の到着を、今や遅しとカメラを手にした記者たちが待ち構えている。当然のことながら記者たちおよび何事かと見物する一般人たちの前には規制のためのロープが張られ、そう間隔を空けずに警備の者たちが立っていた。
警備するのはGDHP、もしくはデモンズゲート署(と応援に狩り出された他の各署)の者たちだということは制服姿を見ればすぐに分かった。が、その中に何故か浅葱色・白のダンダラ模様の羽織を羽織った和服姿の青年が1人居た。
「そちらはどうでござる?」
耳につけたインカムに話しかける青年――マニワ・リュウノスケ。相手は自らの逢魔・ソフィアである。
「はい、龍之介様。最初に予定されている視察場所ですが、現在の所は不審者など見付かっておりません。一般の方には、GDHPの方が移動を促しておられます」
ソフィアは本日の視察ルートを先行して偵察していた。黒山がいざその場に現れた時に、『困ったこと』にならないようにするためだ。
「そうでござるか。では、そのまま偵察継続よろしく頼むでござるよ」
「はい」
ソフィアとの連絡を終えたリュウノスケは、別の通信機を取り出し今度はまた他の者へ連絡を取った。
「こちらマニワでござる。現状不審者は見当たらぬ様子。そろそろ参られてもよろしいかと存ずる」
「錦織了解。まもなく議員の車をそちらへ回す」
返ってきたのは男の声。そこそこ人生経験を積んできている、といった感じだろうか。
やがてその言葉通り、黒塗りのごつい車が記者たちが待ち構える前に角を曲がってすっと入ってくる。たちまちフラッシュの嵐だ。
最初に開いたのは助手席。眼鏡をかけた背丈の高い男が車から降り立った。男――錦織長郎は辺りをゆっくりと見回し異常なきことを確認すると、ぐるり回って右側の後部座席へ向かった。そしておもむろに扉を開く。
中から降りてきたのは背丈160センチ台、いかにも精力的な容姿の男。それが黒山である。52歳ということであるが、どう見ても40台前半といった所。政治家は続けていると老けるか若返るかと言われるみたいだが、黒山の場合は後者であるらしい。
黒山は記者たちに顔を向け、大きく右手を挙げた。それを狙ってまたフラッシュの嵐。そばに居る長郎としては、まぶしくて仕方がない。ある意味、警備の邪魔だ。
黒山に続いては眼鏡をかけた美女が降りてくる。背丈は黒山より低く150センチ台のようだが、清楚で聡明そうな雰囲気をまとっていた。これが黒山の秘書である。
(やれやれ、さすがは政治家と言うべきか)
周囲を警戒しながら、長郎は心の中で苦笑した。容易に想像つくだろうが、黒山が車から降りて記者たちに向けて手を挙げたりするのはパフォーマンスの一環だ。打ち合わせの時からすでに黒山側の要望として組み込まれていたのだ。
まあ政治家というのは、パフォーマンスをやってなんぼの所があるのは事実。それで一般人の興味を引ければ、取り組んでいる問題などを知ってもらえる機会になる訳だから。その考えからすれば、黒山の突然のデモンズゲート視察自体もやはりパフォーマンスであるのだろう。もっともこれは一般人向けというよりも、魔属向けの意味合いが強いだろうが。
打ち合わせといえば――今回、視察ルートとそれに伴う警備計画の策定は色々と大変だったようだ。いや、警備に頭を悩ませるのはいつものことだ。問題はそれでなく、別のこと。
繰り返しになるが、警備にはGDHPやデモンズゲート署をはじめとする各署の者たちが当たっている。が、よくよく見てみると、ちらほらと違った雰囲気の者たちが数人ほど混じっている。
彼らは実はパトモス魔軍の者たち。といっても長郎同様に諜報部所属の者たちである。パトモス魔軍も黒山の動きに注視しているのだ。でなければ、長郎に視察護衛の命令が上から降りてくるはずもない。
現場の者たちは命令に従うのが仕事の1つである。何も悪くはない。だが、パトモス魔軍とGDHPとの間で丁々発止のやり取りがあったであろうことは容易に想像つく。何度となく計画に変更が加えられたことも、それを裏付ける証だ。結局きちんとまとまったのは昨日だという噂である。
GDHPとしては自分たちの領域に軍が足を踏み入れることは、好ましくなく思っている。パトモス魔軍としては、GDHPだけに任せておいてよいものなのかと疑問符がついている。簡単に意見の一致をみるはずもない。それでも最終的にはGDHP側が譲歩の姿勢を見せ、パトモス魔軍側に対して一定人数の受け入れを認めたのであった。ちなみに長郎と連絡を取っているリュウノスケも、パトモス魔軍側として便宜上カウントされていたりするのは余談。
なので長郎も黒山のそばで護衛が出来ている訳だが、実はGDHP側から制限が加えられている。長郎が密着護衛出来るのは移動中のみ。各視察場所ではGDHP側に護衛の主導権を渡すというものであった。パトモス魔軍側はその条件を受け入れている。
そしてまた、黒山の行動に注意している所は他にもある。デビルズネットワークタワー・アスカロトだってその1つ。実は長郎、黒山に応対しなくてよいのかとわざわざ通知していたりする。当初動く予定はなかったらしいが、急遽デモンズゲート担当の手が空いているサーチャーを何人か送り込んだようだ。
(応対する者は貧乏くじだが、仕方がないねえ。くっくっくっ……)
長郎はそんなことを思いながら肩を竦めた。
●隠れし者
黒山の2番目の視察場所近辺に、1人のとてもくたびれた様子の青年の姿があった。路地の壁にもたれかかり、日の当たらぬ影の中で微動だにすることなくぼんやりと空を見つめていた。空には雲が広がりつつあり、ひょっとしたら午後には雨になるのかもしれない。
「ちっ、視察だからどいてくれってよ。何様のつもりなんだよ」
「あー、黒山って議員だろ。俺たち魔属により強い制限加えようとしている奴だな」
ぶつぶつと文句を言いながら、若い男たちが青年の前を通り過ぎてゆく。その文句は当然青年の耳にも入っていた。
(俺には関係ないな……。どうせもう、力を使うつもりもない……)
街中では色々とあるようだが、そんなことは今の青年――真田浩之にとってどうでもよいことであった。
(……生命を守るために生命を奪い、街を守るために街を破壊する……そんな力なら、要らない……)
物思いに耽る浩之。彼は今、自らの魔の力に強い疑問を抱いていた。くたびれて見えるのは、このことも要因の1つであろうか。
「申し訳ありません。恐れ入りますが、この場から移動をお願い出来ますでしょうか」
やがてそんな浩之の所へも、警備のため巡回していた警官がやってきて声をかける。浩之は無言でゆらりと立ち上がり、ふらふらと何処かへ立ち去ってゆく。
「……異常なし、か」
浩之に声をかけた警官は周囲を見回して、他に誰も居ないことを確認するとすたすたと立ち去っていった。
その直後――影の一番濃かった場所より、細身の青年が不意に姿を現した。細身の青年は鱗を連ねて造られたと思しき、闇色の全身を覆うようなマントをまとっていた。
「異常あり……だ」
細身の青年はぽつりとつぶやくと、彼もまた何処かへ姿を消した……。
●独り言
黒山の視察場所は様々なことを考慮して決定された。危険な場所に行かせる訳にはゆかない、かといってお茶を濁す感じにも出来ない。なので、選ばれた視察場所は警備を厳重にしていれば安全性がとても確保されやすいがほとんどである。
事前に合意された条件に従い、視察場所では黒山のそばにはGDHPの者たちが付き従う。長郎の姿はその輪から少し距離を置いた外側に見られた。で、警護にあたる者たちの中に茶色いロングコートを身にまとった青年、草壁当麻の姿があった。
(何事もなく終わればいいんだがね)
黒山の姿をちらりと見て、当麻は思った。黒山は熱心に視察を行っている。なるほど、口先だけのタカ派ということはなく、彼自身は動くタカ派らしい。それゆえに強烈なことを言い放っても、言葉に信憑性が出てくる。
今の所、黒山から尖った発言はない。このまま控えてくれればよいけれども、現実はそう上手くゆかないのだろう。つい当麻の口から溜息が出てしまう。
と、不意に黒山と目が合った。当麻に声をかけてくる。
「む? わしに何かついてるかね?」
「いいや。それよりどう、デモンズゲートの様子は? 見た通り、悪魔の世界の門前みたいでしょ?」
声をかけられたのをちょうどよいと思った当麻は、世間話をする感覚で黒山に尋ねてみた。秘書の女性がそんな当麻を嗜める。
「先生に何て言葉遣いをされ……」
しかし黒山がそれを制し、ニヤリと当麻へ笑みを見せた。
「構わんよ、平井くん。わしは物怖じせぬ者は何者であろうと好きだ。そうだな……苦心した跡が窺える」
黒山苦笑い。色々と調整されたことは黒山お見通しであった。
「悪魔は神の名を騙って近付くという話もあるな。見かけだけでは判断出来んよ」
当麻はその黒山の言葉を聞いて意外に思った。主張がエスカレートしてきているという話がある割りには、考え方はまともではないか?
「なるほど、見かけだけじゃ分からないね。じゃあ、僕の独り言を聞いてもらったら中身も分かるのかな」
ぼそっとつぶやく当麻。黒山が反応する。
「独り言が聞こえてくるのは仕方がない。勝手に入ってくるのだからな」
「……僕個人の考えだけど、僕はあなたが魔属にどんな規制を強いようと構わない。僕はこれまで通り暮らしていければいい。でも、これだけは忘れないで。魔皇だって、元は人として暮らしていたんだってことを」
「なるほど、興味深い独り言が聞こえてきたものだ。ならば、わしも独り言を言うとしよう」
当麻のことを見ることなく、黒山が言った。
「魔属が元は人として暮らしていたのであらば、普通に暮らす分にはその力を制限されても何ら問題あるまい? 昔出来ていたことが今は出来ないとは勝手な言い分だと思うがね」
●面談
さてさて、何度目かの移動中。車の後部座席には黒山と秘書の平井の姿がある。そして助手席には長郎の姿が……あると思ったら意外や意外、何故かリュウノスケが居るではないか。実はこれ、長郎に上から連絡が入って、至急調べなければならないことが出来たからであった。そこでその間、リュウノスケに密着警護の代役を頼んだのだ。
リュウノスケにとっては渡りに舟な話であった。先日関係した神魔人親睦推進団体・トリニティフレンズの伝手を頼って黒山に面談の申し入れをしていたのだが、断られてしまっていたからである。なのでこの機会を得られたことは重要であった。
「お初にお目にかかり申す。拙者、元魔狼隊、マニワ・リュウノスケと申す」
自らの素性を名乗るリュウノスケ。
「魔狼隊というと確か長野の」
黒山は無反応だったが、平井が知っていたようだ。頷くリュウノスケ。
「ぶしつけな申し出、大変無礼であることは百も承知。しかし、ぜひに貴殿に伝えたきことがあり申す。貴殿のような正直な方こそ信ずる方でござる。ゆえに申し上げたく」
「ほう、わしが正直か。今日は面白い奴によく出会える日だ。いいとも、申したまえ」
黒山の許可が出て、リュウノスケは一礼してから話し始めた。平井が睨んでいるが気にしてはいけない。
「人種が異なるだけで人は差別し申す。ゆえに魔を恐れ差別するのも判り申す。されど魔皇とて元は人でござる。心があり申す。貴殿は差別するだけでよいとお考えなのでござろうか?」
「差別している訳ではない。これは区別だ。魔属の信用が足らぬ以上、わしは規制強化も必要だと考えている。例え話になるが、君は隣人としてよく分からぬ者が居て、どうも武器なり爆弾なりを持ち合わせているようだとすればどう思うかね?」
「それに関しては、人も例外でござらぬ。人が心ならず強大な力を得た時、欲望・本能・衝動に耐えられるでござろうか」
「それは素直に認めよう。人も思い上がってはならない。過去の歴史がそれを証明している。けれども、人は未だ弱い」
リュウノスケと黒山の会話はまだまだ続き、話題は対北海道のことにまで及んだ。真の敵は魔属ではなく、内なる敵は属の違いを理由に差別する己の心、外なる敵はマティア神帝軍と主張するリュウノスケ。北海道と休戦・和平を結び同盟すれば、北の脅威はマティア神帝軍のみ。津軽の兵を九州奪回へ向けることも可能だとも告げる。
それに対し黒山は、休戦・和平の必要性は認めていたが、パトモスが有利な形で結べなければ難しいだろうと答える。まあこれに関しては一議員だけでどうこう出来る問題でもないので仕方がない。それでもリュウノスケの話を黒山が一応は全て聞いてくれたということは、大きな収穫であったと思われる。
「先生、お薬を」
平井がバッグから錠剤2粒とミネラルウォーターのペットボトルを取り出し、黒山に手渡した。
「どこかお加減がすぐれないのでござるか?」
「いや何、栄養剤だとも。色々とスタミナを使うからな」
ニヤリと笑って平井から受け取る黒山。その時の手の触れ方を見て、リュウノスケは察した。
(『英雄、色を好む』と昔から申したでござるな……)
なるほど黒山と平井は議員と秘書という関係のみならず、『そういう関係』でもあるのか。
●一瞬の隙を
視察の予定は全て無事終了し、最後の視察場所から車へと移動する黒山たち。記者たちの前を通りながら長郎も警戒の手を緩めない。またしてもフラッシュの嵐だ。
その時――記者たちの間を縫って規制のロープを飛び越え、黒山へと一息に迫る黒い影があった。顔の下半分を覆った細身の青年――瀬戸口春香である。春香の手には日本刀が握られていた。
視察終了間際のほんの僅かな隙を突いた春香の行動。日本刀が黒山を捉えると思われたが――長郎が展開していた真ディフレクトウォールが、その春香の一撃を防ぎ切った!
(これでよし……奴のような存在は貴重だからな……)
真テラーウィングで即座に離脱する春香。一瞬、笑みを浮かべたように見えた。
「警戒を怠るな! 陽動かもしれない!」
春香の笑みに嫌な物を感じ、指示を出す長郎。当麻もリュウノスケも周囲を警戒する。
(くっ、間に合わないか!!)
関係ないと言いながらも気になって様子を窺っていた浩之。春香の後を追ってはみたが、残念ながら真狼風旋を使ってもタイミングの問題で間に合わなかった。
結論から言えば、襲撃はこの1度だけであった。
「先生、大丈夫ですか!!」
「うむ、大丈夫だ」
心配して駆け寄った平井に気丈に答える黒山。その瞬間、長郎はそれを目にしていた。何故か一瞬笑みを浮かべた平井の表情を……。
【了】
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