■【真夏の水泳大会・後日談】高級レストランで夕食を■ |
商品名 |
アクスディアEX・トリニティカレッジ |
クリエーター名 |
高原恵 |
オープニング |
真夏の水泳大会から早3ヶ月近くが過ぎた。
何やかんやの理由で大変遅れていたのだけれども、つい先日各競技の優勝者の手元に各々の優勝賞品が贈られていた。
その中の1つ、飛び込み競技の優勝賞品はビルシャス某所の眺めのよい高級レストランディナー券・ペアであった。ビルの最上階に入っているレストランである。
さて、今日はその高級レストランの様子をちょっと覗いてみよう――。
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シナリオ傾向 |
ほのぼの:6(5段階評価) |
参加PC |
彩門・和意
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【真夏の水泳大会・後日談】高級レストランで夕食を |
●地上の星空を見下ろせる場所
ビルシャス某所の一等地に建つビルの1つにそのレストランはあった。最上階からの展望が素晴らしき、高級レストランである。美味しい食事を味わいながら、目では素晴らしい景色を味わう。ああ、何て贅沢なのだろう。
それゆえかこのレストラン、なかなか予約が取りにくい。接待なり、何かの記念日を祝うなり、はたまた異性を口説き落とすなり……様々な用途で利用されていると考えてよさそうだ。
そんなレストランを1組のカップルが訪れた。時刻はそう、夜へ入ったばかりの頃だ。
フォーマルな格好に身を包んだそのカップル。背の高い細身の男性の方はカーボンブラックのスーツを着用し、鈴のイヤリングをつけた女性はチャコールグレイのジャケットにワンピースという姿。男性がエスコートしているのだろう、女性と腕を組んでレストランの中へ足を踏み入れた。
「いらっしゃいませ」
ボーイがカップルを出迎えた。
「お客様、ご予約はお有りでしょうか」
「はい」
男性がボーイの問いかけに答える。
「失礼ですがご予約のお名前は」
「彩門です」
予約の名前を尋ねられた男性――彩門和意は間を置かず答えた。
「彩門様ですね。承っております。お席へご案内いたしますので、こちらで少しお待ちいただけますか」
微笑み、和意たちに少し待つようボーイが言った。すぐに別のボーイが現れ、和意たちを席へと案内する。
「行きましょう、鈴さん」
「ええ」
和意に声をかけられ、女性――鈴はこくんと頷いた。案内してくれるボーイに続いて歩き出す2人。用意されていた席はレストランの角、2方向の眺めが堪能出来る場所であった。
「まるで星空みたいですわね」
広き窓の外では、街の明かりが色とりどりに輝いている。まさしく星空を地上まで降ろしてきたかのような印象だ。
「これからよりそうなるんでしょうね」
つぶやく和意。これから夜は深まってゆくのだ。夜の闇と、街の光との差が際立ってくるはずである。
●あなたに、乾杯
席に着き、向かい合う和意と鈴。すると、ソムリエがワインメニューを携えてテーブルへやってきた。
「お客様、本日のワインはこの通りになっておりますが、いかがなさいますか」
と、2人へ尋ねるソムリエ。鈴がどうしましょうといった表情で和意を見た。
「あ……お任せします」
和意はそうソムリエへ答える。特に銘柄にこだわりがある訳でもない。鈴も同様なのだから、ここはソムリエに一任するのがベストである。料理に合う美味しいワインであれば何も問題はないのだから。
「かしこまりました」
ワインメニューを閉じ、一礼してソムリエは下がってゆく。
「たくさんありましたわね、ワインの数」
鈴がそっと話しかけてきた。
「でもあんなにあっても何が何だか、ですよ」
苦笑いを浮かべる和意。ま、これが一般的な意見であろう。
「きっとこの中には、どれがどうでときちんと把握しておられる方も居られるのでしょうね」
失礼にならぬように気を付けながら、レストランをゆっくりと見回す鈴。9割以上のテーブルが埋まっていた。
「和意様」
ややあって、ふと思い出したように鈴が和意の名を呼んだ。
「何ですか、鈴さん」
「予約を取るのは大変だったのではありませんの?」
優勝賞品としてディナー券を贈られたけれども、どの日に利用するかというのは優勝者である和意に委ねられていた。つまり、和意は自分で予約を取る必要があった訳で……。
「それが運がよかったのか、希望通りすんなり取れました」
笑って和意が答える。そう、予約は別に大変ではなかった。大変だったのは、その後のことである。
(……テーブルマナーの本を何度読み返したかなあ)
予約を済ませた後、すぐに本屋へテーブルマナーの本を買いに走ったのだ。そして事前に繰り返し目を通し、最低限のテーブルマナーは覚えてきた……と和意は思っている。実際に身に付いているかどうかは、これからある意味試されるようなものだが。
「……アローくんはお留守番になっちゃいましたけど」
不安な気持ちを変えるべく、和意は話題を変えた。二足恐竜型魔獣殻のアローは残念ながら家で留守番だ。
「何かお土産を買って帰りましょうか」
「それいいですね、鈴さん」
鈴の提案に頷く和意。その時、前菜とワインがテーブルへやってきた。
「季節のきのこ、ローストビーフ巻きでございます」
前菜はしいたけやしめじ、エリンギといったきのこをローストビーフで巻いた物に、特製のソースがかかった物であった。前菜なのでもちろん量は少なめだ。
赤ワインの注がれたワイングラスを手に、ソムリエたちが去ってから和意は口を開いた。
「それでは……『キミの瞳に、乾杯』」
和意がにこり微笑んだ。
「和意様、その言葉を言ってみたかっただけでしょう?」
くすっと笑みを浮かべる鈴。定番の台詞、男なら誰しも1度は言ってみたいという気持ちがあるのだろう。
前菜に手をつける2人。どうやらきのこはさっと茹で、バーナーで表面を僅かに炙っているようだ。しかし何より驚かされたのは――。
「和意様、ひょっとしてこれ……」
「……松茸、でしょうかね」
思わず顔を見合わせる鈴と和意。松茸をローストビーフで巻くだなんて、ああ贅沢だ。こういう物を味わう時が、優勝出来てよかったなと思える瞬間なのかもしれない。
●食事を楽しむ
続いてパンとスープが運ばれてくる。パンは食べやすい大きさに切り分けられたフランスパン、スープはどうやらコーンポタージュスープのようである。
「これはまた定番ですね」
ぼそっと和意が言った。見た目にも別段スープに変わった所はなかった。
「美味しい!」
スープを1口飲み、鈴は目を輝かせた。その声に促されるように和意もスープを掬ったスプーンを口へ運ぶ。
「あ、美味しい……」
スープの香りが和意の口の中に広がる。と、和意はあることに気付いた。
「これ、豆乳を使っているんじゃ?」
味わいが牛乳でのそれとやっぱり違いがあるのだ。どっちが上とかそんなことではなくて。
「なるほど、工夫しているのですわね」
和意の説明を聞いてから、改めて味わい納得する鈴。高級レストラン、単に眺めがよいだけではここまで人気にはならないということなのだろう。
あまりにも美味しかったからか、スープは早いうちになくなってしまった。次の料理が出てくるまで手持ち無沙汰になったか、和意はパンに何度も手を伸ばしていた。
(もっと早く出てきてくれるといいんですけどねえ。待ち時間がもったいない)
コース料理というのは、次の料理が出てくるまでの時間も楽しむものである。それが待切れないのは、やはり和意に小市民的な部分があるからなのだろうか。一方の鈴は外の夜景を楽しみつつ、静かに待っていたのだから。
で、ようやくやってきた次の料理は魚料理である。オマール海老にほたてを添えたものだったのだが、何と客前で仕上げのフランベをしてくれたのだ。
「きゃっ!」
すぐそばで一瞬大きな炎が上がったので思わず鈴は驚いたが、すぐに炎は消えてブランデーの香りが漂う。もちろんその味は美味であった。ついつい和意もワインが進む。
「任せてよかったなあ……」
「ワインがですか?」
和意のつぶやきに鈴が聞き返す。
「ソムリエの人は、ちゃんと料理に合わせてワインを選んでくれているんだって、改めて感じました」
と言いながらも、またワイングラスが和意の口元へ。下手なワインを選ばれていたら、料理の味をも下げてしまうことになりかねない。ワインが進むということは、料理に合っている何よりの証明である。
そしてメインともいうべき肉料理の登場。出てきたのはジューシーなハンバーグステーキだ。それを見て和意はほっとした。小難しいテーブルマナーの必要ない料理だったからである。色々と面倒な料理であったなら、楽しく食事をする所ではない。いくら美味しい料理だったとしても、そうであっては今回意味がない訳で。
「さ、鈴さん。冷めないうちに食べましょう」
「口の中を火傷しないよう気を付けてくださいね、和意様も」
冷めないうちに食べてみる2人。口の中にソースの甘さとハンバーグの肉汁が広がったかと思った瞬間、ぴりっと辛みが走った。黒コショウが上質の肉を使ったハンバーグへ練り込まれていたのである。ちょっとした味の不意打ちだった。
そんなハンバーグステーキも十分に堪能し、最後にやってくるのはデザートである。和意の前にはりんごを使ったタルトが、鈴の前にはアイスクリームが置かれている。飲み物はともに温かい紅茶だ。
「……あっ」
アイスクリームを1口食べた鈴が何かに気付いた。
「どうしました、鈴さん」
「これ、きっと豆乳のアイスクリームですわ」
「豆乳なんですか?」
豆乳といえばコーンポタージュスープにも使われていた。店としてあれこれと使用しているのだろうか。
じっとアイスクリームを見つめる和意。それに気付いた鈴がこう言った。
「和意様、1口いかがです?」
「え。あ、でも……」
ちと思案する和意。豆乳のアイスクリームは気にはなるのだが、マナー違反になるのではないかと感じていたのだ。
「美味しいですわよ」
にこっと微笑む鈴。その笑顔で和意の気持ちは傾いた。
「じゃあ鈴さん、僕のも1口どうぞ」
マナー違反うんぬんより、鈴の笑顔を和意は選択したのだった。
「お互いに交換ですわね」
「そういうことです」
かくして、鈴と和意は互いのデザートを1口ずつ食べてみた。
「ああ、確かにこれは豆乳ですねえ」
食べて納得する和意。普通の牛乳を使ったアイスクリームとはまた違った味わい、けれども美味しい。
「りんごも甘さがよく染みてますわね」
もぎゅもぎゅとタルトを食べてから、鈴は感想を述べた。甘さの中でりんごが持ち合わせる酸味がよいアクセントになっていた。
デザートをゆっくりと味わいながら、言葉を交わす和意と鈴。和意としてみれば店の雰囲気に合わせて洒落た会話の1つでもしたい所だったが、結局は依頼の話だったり他愛のない話だったりといつもの内容になってしまう。慣れないことは出来ないということかもしれない。
「デザートといえば、セメベルンの例の喫茶。あそこのケーキも悪くなかったですよね」
「ヴァルキューレ喫茶ですわね」
「機会があればまた訪れるのもいいですねえ」
と言って窓の外に目を向ける和意。ビルシャスのこの地からセメベルンにあるその喫茶店が見えるはずもないが、目の前に広がる夜景に繋がっていることは間違いない。
そう考えると夜景に限らず1つの風景となった時点で、土地の区切りなど関係なく全ては等しいのかもしれない。現実とは違って。
●夜景を前にして一言
夜景を眺める和意の横顔を、鈴もまた見つめていた。鈴の見た感じ、今の和意はほろ酔いといった所だろうか。
(今日の和意様、普段より口数が多いですわね。それに、何だかご機嫌で)
鈴はそんなことをふと思う。口数が増えていることは和意も自覚しているようで、時折『少し喋り過ぎましたかね』だとか『僕ばかり話してましたね』などという言葉が会話中に聞こえていた。
美味しいワインと料理が和意をそうさせているのだろうか。それとも、いつもと違った空間に居るから?
理由はどうあれ、色々な話を和意から聞くことが出来るのは鈴としても楽しかった。だから自然と今日の鈴は聞き役へ回っていた。
「また……」
夜景を眺めたまま、不意に和意の口が動いた。
「またこういう時間を持ちたいですよね。一緒に」
和意にとって、今日はよい時間を過ごせたのだろう。少し考えて口から出たのがその言葉であった。
ところが、それに対して鈴は意外そうにこう言った。
「和意様。近いうちにまた持てると思いますわよ?」
「え?」
振り向く和意。
「ばらまき借り物競争の優勝賞品がありますもの」
「…………!」
鈴の言葉に和意の顔が赤くなる。酔いのそれではない、照れというか恥ずかしさというかそちらの方だ。
(う、うわあ……何かすっごく恥ずかしい気が……!)
決めるような台詞を言ったつもりなのに、ああいう返しをされるとえてしてこういう反応になりますね、ええ。誰が悪いという訳ではないですが。
「そ、そうですね……」
真っ赤になりながら、和意はそう答えるのがやっとであった――。
【了】
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