■【真夏の水泳大会・後日談】クルージングで昼食を■ |
商品名 |
アクスディアEX・トリニティカレッジ |
クリエーター名 |
高原恵 |
オープニング |
真夏の水泳大会から早3ヶ月近くが過ぎた。
何やかんやの理由で大変遅れていたのだけれども、つい先日各競技の優勝者の手元に各々の優勝賞品が贈られていた。
その中の1つ、ビーチフラッグ競技の優勝賞品は海での優雅なクルージングランチ招待券・ペアであった。新東京に面した海を、自分たちとクルー以外は乗っていない船でのんびりと遊覧するのである。
さて、今日はそのクルージングの様子をちょっと覗いてみよう――。
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シナリオ傾向 |
ほのぼの:6(5段階評価) |
参加PC |
風祭・烈
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【真夏の水泳大会・後日談】クルージングで昼食を |
●穏やかな日に
その日、空は晴れ渡っていた。
海も穏やかで、潮風が心地よく感じられる日だった。船に乗るにはよい日であるだろう。
新東京に面した海の上を、1隻の船がクルージングしていた。速度を出す訳でもなく、今日の海みたく穏やかにのんびりと波に揺られて。
そんな船のデッキに、1組のカップルの姿があった。スーツ姿の背が高い男性と、華麗に見えるドレスを身にまとった小柄な女性だ。女性には魚のヒレのような形の耳がついているのが見える。ということは女性は逢魔、それもセイレーンであるのだろう。そういえばこの海は神機装置『ルチル』の範囲外、魔属が本来の姿で居ることは何もおかしな話ではないのだ。
「姫様、海はいかがですか」
男性――風祭烈は逢魔の女性、エメラルダに笑って問いかけた。
「潮の香りが落ち着きますわ。騎士殿」
エメラルダも烈に微笑み、答える。
『姫様』『騎士殿』……普段の2人の会話からは出てこない珍しい言葉が使われている。が、これには少し理由がある。
では、ちょっと時間を遡って見てみよう――。
●姫君の前に騎士殿がやってきた
それはその日の朝のこと。エメラルダの前にスーツで正装した烈が現れたのだ。
エメラルダが普段見慣れている烈の格好はといえば、ライダースーツの下に風車のついた変身ベルトをつけて首回りに赤いマフラーというものである。なので、この時エメラルダの口から驚きの言葉が出ても別段不思議ではないだろう。
「ど、どうしたのその格好は……?」
そしてこのエメラルダの言葉に対する烈の行動が、また驚きであった。何とエメラルダの前にひざまずき、まるで騎士が姫君に接するがごとく振る舞ったのである。
「姫様、お迎えに参りましたよ」
(え? え……?)
いったい烈に何が起きたのか、エメラルダは戸惑いを隠せない。とりあえず、頭の中であれこれと考えてみる。
(そういえば最近、黙って何かやっているような感じが……)
この数日、烈がこそこそと何かやっているようだということは、エメラルダも感じてはいた。それがこれなのだろうか。しかしエイプリルフールは4月1日、秋にはなかったはずだ。
と、ただ考えていても仕方がない。ここは素直に尋ねてみるのが一番だろう。
「……どこに?」
「クルージングランチへ」
間髪入れず答える烈。ここに至り、ようやくエメラルダも分かった。クルージングランチといえば、神魔人学園で行われた真夏の水泳大会・ビーチフラッグ競技の優勝賞品ではないか。烈はそれに、自分を誘ってくれているのだと。
烈がこの数日、こそこそ動いていたのもこの関係であった。賞品がようやく贈られてきて、クルージングランチの予約日を決めたりなどと色々と準備することがあったからだ。
「姫様、お手をどうぞ」
すくっと立ち上がり、烈はエメラルダへ手を差し伸べた。きちんとエスコートし、外へ連れ出そうというのだ。
「あ……はい」
手を取り、烈とともにエメラルダは外へ出た。するとまたしても驚かされることがあった。何と外では黒塗りのリムジンが待機していたのである。もちろん運転手付きだ。
驚きの表情で烈を見るエメラルダ。烈が平然と言い放った。
「白馬や南瓜の馬車を用意した方がよかったかな」
あくまで今日は騎士のごとく振る舞うつもりのようだ。
しかし気になるのは、このリムジン。念のために言うが、リムジンは優勝賞品に含まれていない。つまり烈が自腹で準備したものである。そんな金、どこにあるのだということだが。
……ここだけの話、エメラルダに内緒でサーバント退治をやって貯めたへそくりなんてものがあったりする。デビルズネットワークを通さずに行ったりもしているらしい。そのへそくりを投入したのである。
「では姫様、どうぞ」
リムジンへ乗り込むよう、エメラルダは烈に促される。烈が『姫様』と呼ぶのなら、エメラルダとしてはこう返すしかないだろう。
「どうもありがとう、騎士殿」
くすっと微笑むエメラルダ。リムジンへ先に乗り込む。
これが『姫様』『騎士殿』の理由である。そして『ルチル』の範囲外であるハーバーへ到着して早々、エメラルダは人化を解いて水のドレスをまとったのであった。
●あの日の誓いは今
時間は再び現在に戻る。デッキにて、太陽の光に輝く海面を見つめる2人。船の中では今、クルーがランチの準備を行っている最中である。ちょうどよいポイントまで行ってから、食事の開始となるようだ。
2人ともしばし無言。まぶし気に海を眺めるエメラルダの横顔を見ながら、烈は昔の記憶を呼び起こす。
それはまだ日本が『日本』であった、パトモスと呼ばれる以前のこと。神帝軍の支配下にあった時のことだ。といっても、ほんの数年ほど前のこと。
東京ギガテンプルムに捕まり、烈は世界がおかしくなったと感じても現実の厳しさに打ちのめされていた……そんな時だった。エメラルダが危険を冒して助けにきてくれたのは。その姿を見て、烈は困難に立ち向かう勇気をもらったことを覚えている。
そして、烈は心の中で誓った。『今は紛いものかもしれないが、いつか必ず困難に立ち向かうヒーローのような人間になる』と。
その後、神魔戦線を経てかつての日本は『パトモス』と呼ばれるようになった現在。自分はその誓いを果たせているのかと、烈は自問自答してみた。
……答えはそう簡単には出ない。けれども、その誓いを片時も忘れたことはない。信じた理想を夢で終わらせないためにも、日夜努力を続けている。
こういったことを考えていたからだろうか。烈の口から、エメラルダへの感謝の言葉がこぼれた。
「……いつもありがとう、エメラルダ」
そんな改まった言葉に、エメラルダは烈の方へ振り向いた。
「何を改まって言っているの?」
少し不思議そうな表情を浮かべるエメラルダ。
「いや、ちょっと色々と思い出しててさ。今日はちゃんと口に出して、伝えなくちゃと思ったんだ。エメラルダには感謝している」
「改まってこうしてたまに言われると、何だか少しくすぐったいかも」
烈の言葉にエメラルダがくすっと笑った。それもそうだろう、普段は面と向かってこんなこと言われてはいないのだから。だが、それには烈なりの理由があった。
「何回も口にすると言葉に込められたものが軽く、口先だけのものになってしまうような気がするからさ。行動で示すのは、込められたものは真実を偽らないと思うからさ」
それは別の言い方をすれば、言葉を大切にするがゆえだろうか。一言の重みというものを。
烈の言葉を聞いたエメラルダはなるほどと思った。そうだからこそ、烈が無茶な行動に出ることも少なくないのかもしれなく。
「……困難に立ち向かうヒーローになるためにも、想いを込めた行動で示したいんだ」
空を見上げ、太陽の光を全身で受けるようにしながら烈は言い切った。するとエメラルダがこう言った。
「烈は私だけの立派なヒーローよ」
そう、エメラルダにとって烈はれっきとしたヒーローである。しかしエメラルダの言葉には続きがあった。
「だけど、まだ英雄詩は演奏出来ないから無茶はしちゃダメよ」
窘めるエメラルダ。それもこれも烈を心配しての言葉である。
その時、船の中からクルーが出てきて2人へ告げた。
「お客様、ランチのご準備が整いました」
クルーに先導され、船の中へと向かう2人。もちろん烈がエメラルダの手を取ってエスコート。
「今日のお返しに、何かしなくちゃいけないかしら」
何気なくエメラルダがつぶやいた。すると烈は静かにこう答えた。
「あの運命の日にすでに十分過ぎるものをもらっているから、エメラルダが隣に居てくれるだけで十分さ」
そうなのだ、かつてあの日に烈は大きなものを受け取っている訳で。
「…………」
エメラルダは無言で烈へ寄り添った。どこか嬉しそうな表情を浮かべて。
これより食事となるクルージングランチ、楽しい時間はまだ始まったばかりである――。
【了】
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