■【真夏の水泳大会・後日談】焼肉しゃぶしゃぶ食べ放題■
商品名 アクスディアEX・トリニティカレッジ クリエーター名 高原恵
オープニング
 真夏の水泳大会から早3ヶ月以上が過ぎた。
 何やかんやの理由で大変遅れていたのだけれども、つい先月各競技の優勝者の手元に各々の優勝賞品が贈られていた。
 その中の1つ、飛び込み競技の優勝賞品はにある焼肉&しゃぶしゃぶ店の食べ放題招待券・ペアであった。同時に注文して食べられるという、少し贅沢な気分の味わえる店だ。
 さて、今日はその焼肉&しゃぶしゃぶ店の様子をちょっと覗いてみよう――。
シナリオ傾向 ほのぼの:6(5段階評価)
参加PC 彩門・和意
【真夏の水泳大会・後日談】焼肉しゃぶしゃぶ食べ放題
●出かけた先は……
 冬12月。北風が身に染みる今日この頃、外へ出るのが次第に億劫になってくるのがこの時期である。一般的に暖かい室内からわざわざ好き好んで寒い所へ出かけようと思うのは、どちらかといえば物好きな部類に含まれるのではないだろうか。
 けれども、その寒い外へ出かけてこそ堪能出来ることだってある。例えば釣り。海釣りもなかなかよいが、冬といえばわかさぎ釣りがぱっと思い浮かぶ者も居るはずだ。あれもわざわざ凍った湖まで出向き、釣り糸を垂らして堪能している訳で。
 わかさぎ釣りだけじゃない。スキーやスケート、スノーボードといったウィンタースポーツもこの時期だから、いやこの時期でしか楽しめないことだ。
 そして、寒い冬に盛んなスポーツは何もウィンタースポーツに限らない。サッカーやラグビーなどは、寒空の下で選手たちが一生懸命に走っているではないか。
 また、そういった頑張っている選手たちの姿を見るために、試合などが行われるスタジアムには観客が集まっている。この日もそうだった。
「いけーっ、パスで繋ぐんだーっ!!」
 スタジアムで行われていたサッカーの試合を観戦に来ていた彩門和意は、思わず立ち上がって声援を送っていた。和意ひいきのチームが今まさに攻勢へ転じていたからだ。
 現在後半35分を過ぎて、両チーム無得点のまま試合は進んでいた。しかもそれまでの試合の流れは和意ひいきのチームが劣勢で、試合時間の2/3は相手チームに攻め込まれているという状況であった。それがゆえに、攻勢に転じた時のひいきチームサポーターの盛り上がりは大きく、和意の他にも大勢立ち上がって応援している者が居た。
「……和意様、声援を送られるのはよいのですけれど、もう少し耳から離れて……」
 和意の隣の席には両耳を手で押さえた鈴の姿があった。耳の近くで突然和意が大声を出したものだから、鈴は思わず押さえてしまったのだ。ちなみに魔獣殻のアローくんはお留守番だったりする。
「よしっ! そのままそのままっ!!」
 けれども今の和意の耳には、鈴のつぶやきは届いていない様子。まあ周囲の歓声に掻き消されたのかもしれないが。
「シュートォォォォォォッ!!」
 右のこぶしを突き上げる和意。フィールドではまさにひいきチームの選手が、相手ゴールへ向けてシュートを放った所であった。ボールはキーパーの脇の下をすり抜け、見事にゴールネットへ突き刺さる。
「やったぁぁぁぁぁっ! 勝ち越しですよ、鈴さんっ!! 見ましたか今の!!」
 興奮のあまりついつい隣の鈴の肩を揺さぶってしまう和意。鈴はがくがくと揺れながら、はしゃぐ和意の姿にくすっと笑みを浮かべたのだった――。

●栄養補給へ
 結局そのゴールが決勝点となり、1対0で和意ひいきのチームが勝利した。それゆえスタジアムから出てきた和意はご満悦の表情であった。
「あー、いい試合でしたねー♪」
 声の弾んでいる和意。これが逆の結果だったらさぞかし悔やむのだろうが、それはさておき。
「ほんと、楽しい試合でした。でも、和意様」
 心配そうに鈴が和意を見る。
「何ですか鈴さん?」
「声が……」
「え?」
 鈴に言われ、『あー』とか『うー』とか和意は何度か改めて声を出してみた。それまで気付かなかったが、声が少しかすれているではないか。
「これは……ちょっと声を出し過ぎましたかね」
「熱心に応援していましたものね」
 和意のつぶやきに鈴がこくんと頷いた。選手ももちろん疲れるが、応援している方もこのように声が枯れたりと結構疲れるものである。それを裏付けるかのように、和意にどっと疲れが襲ってきた。
「……じゃあ疲れを回復させに行きましょうか」
 と和意が言った瞬間、お腹がぐぅ……と鳴った。
「わたくしより先に、和意様の胃が返事しましたわね」
 ふふっと笑う鈴。和意は照れてぽりぽりと頭を掻いた。お腹を空かせる意味合いを込めてのサッカー観戦だったが、ことの外その効果はあったようである。
 そんな訳で、2人はそのまま焼肉&しゃぶしゃぶ店へと向かったのだった。疲れてはいるけれど、足取りは軽かった。

●炎の和意
「いらっしゃいませー!」
 2人がやってきた店の中はそこそこの混雑具合だった。時間が少々早めだということを考えると、なかなかの繁盛具合ではないだろうか。
 和意は受付でチケットを見せた。飛び込み競技の優勝賞品である食べ放題招待券2枚だ。すぐに店員がテーブルへ案内してくれる。
 通されたテーブルの上には、焼肉用のグリルとしゃぶしゃぶ用のコンロとが左右に配置されていた。こうして並んでいるのを見てみると、さすが食べ放題と思えてくるから不思議なものだ。
「和意様、お飲み物はどうします?」
 和意の向いへ座った鈴が尋ねてきた。
「じゃあ烏龍茶で」
「ビールやお酒などもあるようですけれど……」
「アルコールでお腹が膨れるのはもったいないです」
 きっぱりと言い切る和意。これは……どうやら本気で食べに来ているようである。
「分かりました。取って参りますわね」
 席を立ち、ドリンクバーの方へ向かう鈴。なお招待券は飲み放題も含むタイプなので、その点は安心だ。
 和意も席を立ち、こちらは肉や野菜、その他食材の置いてあるスペースへと向かう。カルビ、ミノ、ハラミ、タンなどなど焼肉用の肉があれば、その一方ではしゃぶしゃぶ用の肉もきちんと用意されている。牛肉や豚肉は当然として、鶏肉や羊肉、はたまた薄切りのたこまであるのが何とも面白い。
 和意は大皿を手に取ると、その上に焼肉用のたくさんの種類の肉を少量ずつ盛っていった。
「よし」
 大皿を手にテーブルへと戻る和意。すでに鈴は先に戻ってきており、コンロの上にはしゃぶしゃぶ用の鍋が置かれて火がつけられていた。
「たくさん取ってきましたわね。ひぃふぅみぃ……」
 大皿を眺め、鈴が肉の種類を数え出す。
「まずは各々の味を楽しみましょう」
 笑顔で答えた和意はそのまま座るかと思いきや、また肉などの置いてあるスペースへ向かう。おや、一旦置きに来ただけでしたか。
「さあ今度はしゃぶしゃぶの肉を……」
 しゃぶしゃぶ用の牛肉や豚肉に目を向けつぶやく和意。
「……ふふ、相手にとって不足はありませんよ」
 ああ何か火がついてるし、この人。というか和意さん、相手って何ですか、ねえ?

●美味しく食べましょう
 再びテーブルへ戻ってきた和意は、しゃぶしゃぶの方も各種類少量ずつ満遍なく大皿の上に盛っていた。これにて肉は準備オーケー。
 ようやく和意も席に着き、今度はたれを用意する。焼肉用には通常の焼肉のたれとレモン汁を、しゃぶしゃぶ用にはポン酢とごまだれを。いずれも定番のたれである。
「味を変えるのが、飽きずに多く食べるこつなんですよ」
 和意、何故か嬉しそうに鈴へ語る。確かに、ずっと同じ味が続くと美味しい物であってもやっぱり飽きてきてしまう。途中で味を変えることは舌への刺激となって、結果的に飽きずにたくさん量を食べることへと繋がる訳だ。
 かくして準備は全て完了。さあ乾杯だ。
「今日は何に乾杯しましょうか?」
 鈴がくすっと笑って和意へ問う。先日の高級レストランの時は、鈴の瞳に乾杯したけれども――。
「そうですね、では……『水泳大会を運営した皆さんに、乾杯』」
 烏龍茶の入ったグラスを掲げ和意が言った。
「でしたら、『水泳大会に参加された皆様に、乾杯』」
 鈴もグラスを掲げ呼応する。
「観戦していた皆さんにも」
「乾杯ですわね」
 そして2つのグラスがカチンと鳴った。
 和意は烏龍茶で軽く喉を潤すと、さっそく焼き網の上に肉を並べ始めた。焼肉としゃぶしゃぶを比べた場合、やはり焼肉の方が火が通るまで少し時間を必要とする。先に焼き網に肉を並べるのは正しい行動だった。第一、焼いている間にしゃぶしゃぶを食べることも出来るではないか。
 そのことを裏付けるように、もう鈴が牛肉を箸に取りしゃぶしゃぶの鍋ですっすっと泳がせていた。十分色が変わった所で、ポン酢につけて食べてみる。
「どうです、鈴さん」
 口をもぎゅもぎゅと動かしている鈴へ向かって和意が尋ねた。ごくんと牛肉を飲み込んでから鈴は答える。
「『食べ放題』のお肉にしては十分以上ですわね。中の上……あるいは上の下といった所でしょうか?」
 食べ放題の店にしては、いやいや食べ放題の店だからこそある程度よい肉を用意したのだろう。長期的な視野に立てば、そうすることでより客が繰り返し足を運ぶだろうから。
「あはは、そうですか」
 和意は、今の鈴の発言に微妙に不適切な部分が含まれていると思ったが、とりあえず流すことにした。無論、鈴の方も先日の高級レストランと比較して言った言葉ではない。そもそも方向性が違うのだから、比較しても意味はない訳で。けれども一般的な『食べ放題』の店への先入観はあったからこそ、今みたいな発言が口を突いて出たのであろう。残念ながら、大多数の店はその先入観が正しいことを証明してくれるがゆえに。
「そろそろ焼けましたかね……」
 焼肉の火の通り具合を確認する和意。ちょうど食べ頃のようである。
「いい具合ですねえ。ささ、鈴さんも焦げ付かないうちに」
 自分の食べる肉を取りながら、和意は鈴へ焼肉を勧める。そしてたれに漬したカルビをおもむろに口へ運んだ。
「うん、確かに悪くない肉ですね」
 もごもごと口を動かしながら和意はつぶやいた。箸は次なる肉を焼き網から取ろうとしている最中であった。
「そういえば鈴さん」
 同じく焼き網へ箸を伸ばしていた鈴へ、和意が声をかけた。
「『世界で一番美味しい料理』って何だか知っていますか?」
「いえ……」
 箸の動きを鈴は止め、少し思案してからこう答えた。
「宮廷料理や満願全席などですか?」
「うーん、それらも美味しい料理ですけど、違います」
「では一番は何ですか?」
「世界で一番美味しい料理、それは『タダ飯』なんですよ!!」
 鈴が答えを促すと、くわっと目を剥いて和意は答えた。……そりゃまあ確かに、自分の懐が全く痛まない食事ほど美味しい物はないですが。
「……そう、なんですの……」
 あ、微妙に呆れて視線を外しましたね、鈴さん。きっと胸には『タダより高い物はない』という言葉が奥深く仕舞われているのでしょうね、ええ。
「そうなんです」
 和意はそれに気付くことなく、ぱくぱくと焼肉を食べていった……。

●いったいどれだけ食べたのやら
 ぱくぱくもぎゅもぎゅと焼肉としゃぶしゃぶを食べてゆく2人。大皿に盛ってきた肉はどちらももうなくなりかけていた。
 量を食べているのはもちろん和意の方だ。焼肉の焼け具合を管理したり、しゃぶしゃぶのあくを喜々として掬いながらも、しっかりと食べている。それもどちらか一方に偏ることなく、バランスよく食べているからたいしたものだ。
「ふう……」
 一旦箸を起き、鈴が小さな溜息を吐いた。
「お肉もそれなりに美味しいですけれど、お野菜の入る隙間がありませんわね」
 そろそろさっぱりと野菜なども口にしたくなったか、鈴がぽつりとそうつぶやく。するとそれを聞いた和意がこう言った。
「鈴さん。野菜はいつも皆の心の中に居るのですよ」
 誰が上手いこと言えと言いましたか、和意さん。
「出来れば、和意様の胃の中に居てほしいのですけれど」
 ああ、また視線を外してるし、鈴さん。
「少しお野菜を取ってきますわね」
 席を立ち、鈴は野菜類を取りに向かった。
(こういうお店で和意様が張り切るのはよく分かるのですけれど……)
 ちらりと和意の方を振り返る鈴。和意は相変わらずペースを落とさず食べている。
(ご機嫌がいつもより斜め上に向かっているのは何故でしょう?)
 何だろう、『食べ放題』には和意をハイパーモードにさせるだけの魔力が存在しているとでもいうのだろうか。いや、『無料』ということが和意のターボエンジンとなっているのかもしれない。ともあれ、鈴にはちと理解し難い世界がそこにはあるのかもしれない。
 鈴が野菜類を持って戻ってきた後も、和意は肉中心で食べ続ける。最初に盛ってきた肉がなくなった後は、好みの肉だけ追加して食べていた。まさに堪能。
 それは最後の最後まで徹底されていた。
「締めはやっぱりうどんとおじやでしょう!」
 と言って、和意はうどんとごはんを取ってきたのだ。鍋といえばやはりこれらが定番である。特にしゃぶしゃぶでのうどんは、ごまだれにつけて食べるのがまた美味しい。
「まだ食べるんですか!?」
 鈴が驚くのも当然だった。それまで散々食べていたはずなのに……。
「うどんとおじやは別腹ですよ、鈴さん」
 別腹の使い方がたぶん少し違うと思います、和意さん。
 結局鈴の方はお腹一杯だったため、うどんとおじやの8割方は和意が平らげたのだった。
「……和意様凄いですわ……」
 感嘆とも呆れとも取れるつぶやきを鈴は漏らした。すると和意はちょっと格好つけて言ってのけた。
「僕の胃袋は宇宙ですから」
 すみません、それどっかで聞いたことある台詞なんですが――。

【了】