■警察学校の1日 ―水難救助訓練―■
商品名 アクスディアEX・トリニティカレッジ クリエーター名 高原恵
オープニング
 新東京、神魔人学園――トリニティカレッジとも言われるそこは、様々な学校が集約した巨大学園である。初等部・中等部・高等部・大学部など普通の学校があるのは当然のこと、他にも神魔技術工科大学やパトモス軍学校などといった少し特殊な学校もある。
 その特殊な学校の1つに、警察学校も含まれている。
 警察学校では法学や逮捕術、実際の勤務についてなど、警察官として必要な学習が行われており、入学には高卒以上に相当する学力が必要である。そして卒業後は、GDHPや通常の警察に勤務することになるのだ。
 もっともこれは警察官の卵たちについての話。中には警察官であっても、何らかの理由で再訓練を命じられてやってくる者も居るとか居ないとか。
 さて――9月になり夏も去って秋に入ってくる訳だが、それはあくまで暦の上でのこと。やはりお彼岸を過ぎるまでは暑さは残っている。それもあってかどうなのか分からないが、今回はプールを使用しての訓練だ。
 主となるのは水難救助についてだが、教官によっては水に絡んだその他の内容になるかもしれない。訓練生はいつぞやみたく、受ける授業を自身で選択することになる。
 それでは今日もまた、警察学校の1日の様子を見てみよう――。
シナリオ傾向 授業風景:5(5段階評価)
参加PC キョー・クール
ヤスノリ・ミドリカワ
警察学校の1日 ―水難救助訓練―
●今回も掲示から
 水難事故、といえば海やプールなどで泳ぐ機会の多い夏場に増加するのは当たり前の話である。けれども実際問題として、それ以外の季節にも発生している。
 思い出してみてほしい。例えば海へ釣りに行った者が、波にさらわれてしまったというニュースを見たことはないだろうか。はたまた足を滑らせて、川に流されてしまったという事件はどうだろうか。少なくとも年に1度以上は、そのようなニュースを目にしたり耳にしたりしているはずだ。
 こういったことは別に夏でなくとも起こりうる。もし真冬に起こったとすれば、それは最悪の事態と言っても過言ではなく。よりいっそうの迅速なる救助が求められることになる。
「だからって、何でこういう訓練するんだろうな。どちらかといえば、消防レスキュー隊とかの分野のような……」
 掲示を見に行こうとしていた訓練生の1人がぼそりとつぶやいた。それに対し、また別の訓練生が答える。
「そんな余裕のない時のことを想定しているんじゃないの? それに誰かさんが言ってたじゃない。警察や消防、軍人には状況を選ぶ権利なんかないって」
 まあ、基本的にはそういうことだ。パトロール中に、川や池などで溺れている子供なんかを発見しないだなんて、断言出来るだろうか。いや、出来るはずはない。可能性自体は低いかもしれないが、だからといって想定しなくていい理由にはならない。極端な話、目の前に大量殺人鬼が現れるよりも、溺れている者が現れる方が現実的なことである訳で。
 さて――気になる掲示内容だが。

・水難救助訓練A
・水難救助訓練B

「うっわ、分かんねー!」
「どっち選びゃいいんだよーっ!!」
「……きついのは出来ることなら避けたいわよね」
 掲示の前で口々につぶやく訓練生たち。彼らはこのどちらかを選んで訓練を受けることになる。以前の特別訓練と同じ形式だ。
「やっぱり今回も担当教官が書いてないな……」
 はい、その通り。同じ『水難救助訓練』と文字があっても、教官が異なれば中身も変わってくることは改めて言うまでもなく。
「例の優しい教官だといいんだけど。あたしたちの身体のこと気遣ってくれるし」
「いや……あの厳しい教官の訓練も、最中は確かにきついがその後は爽快感があっていいぞ。それにこう、実力がついたって感じがするんだよなあ」
「えー、私きついの嫌ー」
「……きつい方が燃えるし興奮するだろ? ふふふ……」
「ちょっと待てや、お前!」
 ともあれ、教官に対する評価は色々。訓練生たちは自分の意志で参加する訓練を選ぶ。さあさあ、それでは各々の内容を見てゆくことにしよう――。

●オーソドックスに
 まずは水難救助訓練Aの方から見てみることにしよう。場所は警察学校独自に持つ屋内にある25メートルプールの前だ。
「よし、全員勢揃いしたようだね」
 水難救助訓練Aの教官を務めるキョー・クールは目の前に並んだ訓練生たちをまぶしそうに――ただし女子訓練生に限る――を見つめていた。人数的には全体の半数、この中の男女比だと4:6で女子訓練生の方が多かった。
「今回の授業は普通通り、溺れる役と助ける役に分かれての水難救助だよ」
 キョーが提示したのはオーソドックスな訓練だった。と、女子訓練生の1人から質問が出る。
「教官。どうして私たちは制服姿で集められたのでしょうか?」
 訓練生たちは全員GDHPの夏服制服に身を包んでいた。普通、プールに入るなら水着であるはずだが……?
「もちろん理由はあるよ。事故というものは、いつどこで遭遇するか分からないからね。だから普段通りの服装で、いかに水の中を動くかという訓練さ」
 そういう場に遭遇した時、衣服を脱いでいる暇などない場合は多々ある。ならば、着の身着のままで飛び込まざるを得ない。けれども着衣のまま泳ぐのは困難である。たちまちに衣服が水を吸って重くなってしまうのだ。着衣での泳ぎに慣れていなければ、そのまま自分が溺れてしまうことだろう。
 キョーはその点を十分に説明してから、助ける役と溺れる役とに分かれるよう訓練生たちに指示をした。
「助ける役は、発見から救助までの動作を迅速かつ確実にするためにはどうすればよいか。また、安全に救助するためにはどうすればよいかを。溺れる役の人は、水の中でどういう状況に陥るか、どう助けられたら安心するかということを考えながらやってほしい」
 このような注意を受けた後、訓練生たちは2つのグループに分かれてゆく。その様子をキョーは黙って見ていた。
(プール……いいね。実にいい)
 今更特記すべきことでもないが、キョーの視線は女子訓練生へ向いていた。悟られぬよう、しかししっかりとキョーの瞳は女子訓練生たちの姿を押さえていた。
(GDHPの制服は素のままでも確かに色っぽい……しかし! 水に濡れることによって、素肌に張り付く感が加わり、より色っぽさを増すのさ)
 やっぱりか、ああやっぱりだ。そういう意図が今回もありましたか、キョーさん。

●ええ、こっちですとも
 水難救助訓練Aの方がこのように訓練開始し始めた頃、近くにある深さのあるプールの前では水難救助訓練Bを選択した訓練生たちが教官の到着を待ち続けていた。こちらの男女比は6:4で男子訓練生の方が多かった。やはりこちらも全員が制服に身を包んでいた。
 そして教官が姿を現す。
「あ、確かあれは……」
「神属の教官だよな。グレゴールの」
 訓練生たちが現れた教官を見て、ひそひそと話し始める。と、背後からもう1人教官が姿を現した。迷彩服にジャングルブーツ姿という見慣れた姿――ヤスノリ・ミドリカワである。
「こっちかーっ!」
 頭を抱えた訓練生10名前後。
「こっちだーっ!」
 ガッツポーズをした訓練生若干名。……繰り返すが、やはり反応は様々な訳で。
「諸君、待たせたな」
 訓練生たちの前に現れたヤスノリは開口一番そう言うと、一同の顔を見回した。
(ふむ、いい顔になってきた奴が増えてきたじゃないか)
 などと思っていると、訓練生の1人から質問が飛んできた。
「教官! 質問があります!!」
「何だ?」
「あちらの教官はいったい何を……」
 もちろん神属の教官のことを尋ねているのだ。それについてヤスノリがさらりと答える。
「決まっているだろ、治療役をお願いしたんだ。それで少し遅くなった。……何しろ今回の訓練は危険を伴うのだからな。諸君の中でも治療を行える者はその任に当たってもらうこともあるだろう。心しておくように」
 危険を伴う訓練……ですか。
「さて……諸君は一応、警察学校の名物苦行である7月の警備実施訓練、6月の災害警備訓練を修了した。今月は水難救助訓練だ。楽しいプールになると思うだろ? 慣れることが出来れば非常に楽しい訓練だ」
 ニヤリと笑うヤスノリ。だが大半の訓練生にしてみれば笑う余裕はなく、顔を強張らせている。口元に笑みが浮かんだのは、先程ガッツポーズをした者たちくらいかもしれない。
「薄々気付いていると思うが、今回の水難救助訓練は実戦を想定して着衣水泳術を覚えてもらう」
 ヤスノリの説明は続く。なるほど、それは確かに危険を伴う訓練だ。
「目の前で溺れている子供が居たとして、諸君たちは服を脱いで飛び込むような悠長な暇が与えられているとは……よもや思わないよな?」
 ギロリ訓練生たちを睨むように見るヤスノリ。キョーも同様のことを言っていたが正論である。
「この訓練は被災者を救助すると同時に貴様ら警察官の命を守ることに繋がる。過去の統計では救助作業中に殉職した者がそれなりに居ることを覚えておけ」
 淡々と語ったが、何気に怖いヤスノリの台詞。よく考えてみてほしい。救助作業中ということは、一応は心得を持った者が作業に当たっていたということだ。それが殉職しているということは、心得を持っていても危険であることに他ならない。
「ルールは簡単。ここから飛び込んで向こう岸に泳ぎ切り、向こう岸に準備されている蘇生訓練用の人形に人工呼吸と蘇生を行う……ただそれだけだ」
 プールと向こう岸を指差し説明を続けるヤスノリ。向こう岸では例の神属の教官が人形を準備している最中であった。
「距離はないから簡単だろう?」
 ヤスノリが訓練生たちに問いかけるように言った。確かに距離はない。10メートルもないだろう。けれどもその代わりに深さがある。足はつかない深さである。
 そして訓練生たちにはウェイト、つまり重りが配られる。重さはほぼ拳銃分、まさに実戦を想定しての訓練だ。
 ウェイトを配っている最中に、ヤスノリが思い出したように言った。
「あー、ちなみに溺れた場合はリアルな訓練素材になってもらうぞ。つまりあまり好きでない男の子にキスされたり、同姓にキスされたりする訳だ。嫌ならきちんと泳ぎ切れよ」
 口調は明らかに冗談。しかし真面目な顔をしてヤスノリが言うものだから、真意をどう捉えていいか訓練生たちは思案してしまった……。

●訓練の成果は?
 かくして水難救助訓練A・Bともに、各々のやり方で訓練が行われる。Aの方は救助の方法に重きを置いた内容、Bの方は水中で思うように動けることに重きを置いた内容と言っていいかもしれない。
(思った通りだ。やはり水に濡れると……色っぽく美しいね)
 Aの訓練風景を見ていたキョーは悦に入っていた。もちろん水に濡れた女子訓練生たちの姿にだ。見所は水中よりも、プールから上がった後のこと。
 ぺたっと制服が素肌に張り付いて、背中にはブラだか水着だかが見事に透けていたりする訳で。また、髪から水を滴らせている女性の姿が憂いを帯びていて、これがまたよい。
 思いがけぬ発見は、女子訓練生同志の組を見ていた時のことだろう。水中で濡れゆく女子訓練生たちが絡み合う姿は妖しくも美しく。
(……訓練を考えた価値があるよ)
 うんうんと1人頷くキョー。けれどもその組は致命的なミスを犯していたので、キョーは注意の言葉を発した。
「前から行っちゃダメだよ。助ける時は背後に回り込んで、脇に手を入れて抱えて」
 溺れている者の前から助けに行ってはいけない。何故ならおもむろに手などをつかまれたりして、救助する側が身動き取れなくなることがよくあるからだ。パニックになっている者は、何をするのか予測がつかない。
 だが背後から回り込めば、そういった事態は回避出来る。確実に救助出来る可能性が高まる訳だ。
 ともあれ、このように訓練生たちに信頼される行動を取るからこそ、キョーはよりいっそう深いセクハラが出来るのだ。真意を悟られることなく。
 一方のBではヤスノリが睨みをきかせていた。足のつかぬプールゆえ冗談抜きに危険なので、教官としても気は抜けない。
「きょ、教官……着衣で泳ぐなんて……む……難しいんじゃ……ないですか?」
 息も絶え絶えに向こう岸へ辿り着いた訓練生の1人が、人工呼吸後にヤスノリへ尋ねてきた。
「難しい話ではないぞ、古来、日本には古式泳法があり、それには甲冑をつけたまま立ち泳ぎが出来たんだ。訓練次第では不可能ではない」
 昔の者が出来たことが今の者に出来ないこともなく。泳法が伝わっているのだから、今の者でも頑張れば可能なのである。
「甲冑だなんて今の時代そんな……」
「よし、ならば1度機動隊のフル装備で泳いでみるか?」
 ヤスノリがしれっとそう言うと、訓練生の言葉はぴたりと止まった。
「……この訓練を頑張ります」
「よく言った」
 これは一応、訓練生とヤスノリの間の微笑ましいエピソードとしておこう。
 やがて訓練はどちらも無事に終了し、溺れる者も出ることはなかった。どちらともに何度か繰り返しているうちに、動きが滑らかになってきたのは褒めてよいだろう。
(今回も堪能は出来た。しかし、最近は何かが足りない……ふむ、僕の理論にも穴があるのか?)
 濡れた身体をバスタオルに包みつつ帰りゆく女子訓練生たちの後ろ姿を眺めながら、キョーはふとそんなことを思っていた。それは決して女子訓練生の濡れた身体を拭くことが出来なかったからでも、人工呼吸が出来なかったからでもなく――。

【了】