■麻薬汚染実態調査■
商品名 アクスディアEX・セイクリッドカウボーイ クリエーター名 高原恵
オープニング
 この昨今――新東京における麻薬中毒患者の数がじわじわと増えてきている。
 その理由は簡単だ。麻薬が街中に流されているからである。手頃な価格で、という注釈がつくのかもしれないが。
 麻薬自身が勝手に自分から流れてゆくはずもなく、そこには何者かの手が入っているはずだ。実際に一般人へ売り捌く役割を担うのは密売人だし、どこかから入手してくるブローカーだって居るのだろう。もっと遡れば、誰かが麻薬を作っているから存在している訳で。
 さて、そのような事態を重く見たGDHPは麻薬汚染の実態調査に乗り出すことにした。いったい今、どのくらいの範囲で麻薬が出回っているのかつかもうというのだ。
 どのようにして調べるのか、今回は捜査官に一任されている。ただ、GDHPが本腰を入れて調査に乗り出しているということは、まだ表沙汰にしてはいけない。それはしかるべき時期に公表するとのことだ。
 しかしGDHPが調査へ乗り出そうとしているのだから、それ以外の者でも勘のよい者はそろそろ自分から動き出しているのかもしれない。
 さあ、どのような調査結果が出ることだろう――。
シナリオ傾向 捜査:5/陰謀:1(5段階評価)
参加PC 風祭・烈
月村・心
タスク・ディル
倉重・夕
麻薬汚染実態調査
●現状分析
 ビルシャス署――その署内でパソコンのモニタに映し出された資料をぼーっと眺めていたGDHPの刑事・倉重夕は、ふと溜息を漏らした。件の麻薬について、現在までに判明していることを調べていたのだが……。
「ん〜……やっぱり妙ですね」
 判明していることを調べる端から、新たな疑問が浮かんできて仕方のない夕。
(今のこの国の通貨は他国からすれば紙屑だというのに)
 パトモスには圧倒的な神魔兵器技術があるゆえにそれと引き換えに貿易は行われているけれども、そうでなければとっくにこの国は破綻しているはずである。国としてそんな状況であるのに、密輸されている麻薬の対価となる物は国より下位に位置する組織レベルで果たして存在しているのか?
 考えてみてほしい。麻薬の類だってタダで作られる訳ではない。当然そこにはそれなりの費用が発生するのだ。そして経費にいくばくかの利益を上乗せして売るのは、商売の基本中の基本である。それなりの物をもらわなければ、商品を売ることは出来ない。
 しかし、前述のような状況だ。通貨ではどうにもならない。具体的な『モノ』が力を持ってくる。となると、代替エネルギーか武器の類が取引の材料になっていても不思議ではない。問題はそれをどこから持ってくるかだ。
(軍や企業の横流しがあるのかも……)
 そんな考えが夕の頭に浮かんだ。あくまで仮説だし、夕の想像に過ぎない。が、これが出来るのなら対価については簡単にクリアされる。もっとも、その場合でもそれなりの量が必要とされるはずで、よほど上手く隠蔽しないと横流しもばれるに違いなく。
 だが視点を思いっきり変えてみると、対価を必要としないケースが存在することに気付く。
(……あ、利益が目的ではない?)
 はたと思い当たる夕。単に麻薬を蔓延させ、パトモスを疲弊させるのが目的だとしたら……どうだろうか。その場合、問題はどこの誰がそんな真似をしているかということである。
 先日の麻薬密輸現場で逮捕した連中は、人間のチンピラだったり、悪いことに手を出してた魔属だったりした訳だが、どうも下っ端レベルだったようで、供述からあちこち捜査に入ったがそのほとんどは先に繋がる証拠類を見付けることが出来なかった。
 成果といえば、現在パトモスに主に入ってきていると思われる麻薬の種類を特定出来たことだろうか。それは錠剤状のヘロイン……のような物。『ような物』というのは、一部確定仕切れていない成分があったからである。が、主成分はヘロインのそれ。ちなみにヘロインは、アヘンに含まれるモルヒネから作られる麻薬。アヘンの原材料となるのはケシの実である。
 何はともあれ、現状が情報不足であることは否めなく。夕の考えだって推測の域を出ない。
「『捜査は足だ』と昔の人も言っていましたし……」
 夕はぼそっとつぶやきながら椅子から立ち上がった。先日の密輸現場の捕り物は無法地帯であるデモンズゲートで行われた。ならば、そこを改めて調べてみる必要があるのかもしれず――。

●ある酒場にて
 そのデモンズゲート――夜。とある酒場のカウンター席に、風祭烈の姿があった。酒の入ったグラスを傾け、酒場のマスターと時折言葉を交わしていた。
 別にただ酒を飲みに来た訳ではない。デモンズゲートでの麻薬の広がり具合を調べるために、この酒場を訪れたのだ。何故ならここは、デモンズゲートの顔役の1人が経営している酒場であるから。ゆえに、デモンズゲート内の情報は多く入ってくる。烈が訪れたのは、れっきとした情報収集である。
 そのためなのだろう、烈の逢魔であるエメラルダは会話の邪魔をしないようにか少し離れて座っていた。それでも心配なのか、ちらちらと烈の方へ視線を向けている。
「そういや最近のデモンズゲートはどうだい、マスター?」
 昔を懐かしみ世間話を交わしていた合間に、烈はそれとなくデモンズゲートの現状を尋ねた。
「相変わらずさ。近所で喧嘩のない日は1日たりともないね」
 苦笑して答えるマスター。
「喧嘩するにしろ、昔はも少しエレガントさがあったような気もするがねえ。単純に殴るだけ、蹴るだけって馬鹿が増えた」
「全くだ」
 マスターのぼやきに頷く烈。
「馬鹿が増えたんなら、当然馬鹿なことやる連中も増えたり……?」
 烈はそう言ってマスターの言葉を待った。
「馬鹿なことって何だ? お前さんと違ったことやってる連中かい?」
「そうじゃない」
 烈はマスターの言葉にきっぱりと否定する。
「俺は俺が正しいと思った道を選び、彼らも彼らが正しいと思った道を選んだ。俺はただこの道を選びたかったから選んだだけさ」
 彼らとはデモンズゲートの住人たちのことである。この烈の言葉を聞いて、マスターがニヤリと笑った。……どうも試されたらしい。
「けれど、越えちゃならない一線はあるよな。例え違う道を歩んでいても」
「ああ」
 烈は短く答えると、空になったグラスをマスターへ差し出した。
「……麻薬か?」
 烈の心を呼んだかのようなマスターの言葉。思わず烈はマスターを見た。
「それなりの捕り物だ。耳に入ってこない方がおかしいってもんだろ」
 そりゃそうだ。この情報が入ってなければ、ここに集まる情報の信頼性を疑わなくてはならなく。
「それが、妙なんだよな……」
「妙?」
 お代わりを受け取り、烈が眉をひそめた。何が妙だというのだろう。
「デモンズゲートにゃ、近頃入ってきてるのはまず流れてないと思うぜ」
「どうしてそう言い切れるんだ」
「じゃあ聞くが、お前さんはここへ来る途中に麻薬患者らしい奴を見かけたか?」
 マスターに逆に問われ、烈は言葉に詰まる。確かに来る途中、烈はさりげなく周囲を見ながら歩いていたが、それらしき者はまるで見かけなかった。少なくとも、自分の視界に入る限りでは全く。
「な、そういうこった。麻薬を手に入れて、魔属は『自らの意志で』影響を受けるのは可能だろうさ。だが居なかったろう? それはつまり、ここでは表立って流れていないだろうってことだ。第一、ここでまともに売人やり続けるのは難しいだろうよ。分かるだろ……?」
 ニヤッと笑うマスター。烈はピンときた。
「……だなぁ」
 烈、酒をぐいと飲んで苦笑い。先述のように、デモンズゲートは無法地帯だ。だからこそ、麻薬の売人が居て売買されてたって別に不思議ではない。しかし、こうも言える。売買じゃなく、力づくで奪い取ろうとする者が居ても別に不思議ではないと。まともに売人続けようと思うなら、それなりの実力(色々な意味合いでだ)が必要となるだろう。
「各種麻薬が一切流れてないとは言わないさ。ただ、そいつらは裏で上手くやってるってことだ。確固たるルートも自分らで作り上げてな。それにこのご時世、表立ってやるのは馬鹿だろ。魔属に対する締め付けが厳しくなるだけだ……上手くやってる連中は、そのことをよーく分かってる」
 と、マスターはそこまで話してから、ふと烈に尋ねた。
「お前さん。何で探ってるんだい?」
「なーに……神魔戦線のような悲惨な戦いが、また起こって欲しくないだけさ」
 そう言って烈は、グラスに残っていた酒を一息に飲み干した。

●木の葉を隠すなら
 やはりデモンズゲート。麻薬汚染の実態を調査するよう雇われた月村心は、自分なりの方法で調査にあたっていた。危ない所へ行くよう言われたのだ、方法くらい一任させてもらったって罰は当たるまい。
「……邪魔するぜ」
 心が訪れたのはデモンズゲートにある薬局だ。薬局といっても通りに面して店を出しているそれではない。古びたビルの地下にある、看板も出していない怪し気な薬局である。
「アイヤ、いらっしゃいアルネ」
 店の奥に居た中年男の店主が心に声をかけた。話し方からして中華系のようだ。
「ちょいと薬を探してるんだ」
「ほう、何アルカ。風邪薬、傷薬、栄養剤、何でもあるアルヨ。精力剤なんかどうアル、オットセイのエキスいっぱいで……」
 早々に薬を売り付けようとしてくる店主に対し、心は手で制してこう言った。
「何でもって言ったな? なら……あっちのもあるんだよな、当然?」
 懐からちらりとお札を見せる心。店主が心から軽く目を逸らしたような気がした。
「アイヤー、うちは真っ当な店アルヨ。あるのは眠剤や大麻くらいアル」
 どこが真っ当な店じゃ。
「そうかそうか。じゃ、近頃入ってるらしいのが欲しかったら、どこへ行けばいいか教えてくれないか。な?」
 心は店主に近付くと、お札を1枚相手の懐へねじ込んだ。すると店主がニンマリと笑った。
「謝謝。けどそれは分からないアル。うちらのルートには乗ってないアルネ。2、3知ってるルートからも外れてたと思うアル。正直、新参者に荒らされるのは真っ当に商売してるうちらにとって困るアルヨ」
 だからどこが真っ当な商売なのかと。
(既存のそれとは違うのか)
 これは結構重要な情報かもしれない、と心は思った。わざわざ参入してくるということは、そこにやはり何らかの目的があるからなのだろう。まあ普通に考えるなら、市場の独占という辺りか。
「邪魔したな」
 これ以上は情報が出ないとみた心はお札をもう1枚店主の懐にねじ込んで、店を後にした。その手の薬局でこうなのだから、他の場所を探っていった方がよさそうである。

●学園にて
 ここで時間は遡って、日中の神魔人学園。
「へー、物騒だねー」
「居ない居ない、そんな馬鹿な奴」
「知ってる訳ないじゃない、そんなの」
「え、そんなの買えるのっ!? 何言ってるの、買わないわよー」
「ほら『人間辞めますか』はやだよなー……って、俺もう魔皇だったよ! わはははは!」
 これらはタスク・ディルが知り合いや友人などに尋ねたことに対する反応である。いったい何を尋ねたのかというと……麻薬に関する噂だ。どの辺りで売っているのか、はたまた誰がやっているのか、話の流れを上手く持っていって切り出したのだ。
 けれども一様にこのような反応。もっともこれは安心出来る結果といってよい。
(嘘を吐いてるようには見えないし、汚染されてないってことかな)
 そう考えるタスク。これがもし誰もかもが『知ってる』『使ってる』なんて答えた日には、神魔人学園なんかいつ崩壊したっておかしくはない訳で。
 そもそも何故にタスクが麻薬について調べているかというと、先日の爆弾事件の際に犯人に麻薬中毒者が居てちと厄介だったからである。で、身近な所から探ってみようという訳で。
 しかし、見た通りの状態。タスクは安堵して教室を何気なく見回したのだが――。
(ん?)
 タスクの視界の端に、そそくさと教室を出てゆこうとする男子生徒が目に入った。
(今の……)
 何やら妙な予感がしたタスクは会話を切り上げて教室を出て、その男子生徒の尾行を始めた……。

●尾行者
 時間はまた夜に戻って、デモンズゲート。
 薬局を出た心は調査を続けていた。怪し気なカジノ、怪し気な売春宿、怪し気な……まあその、他人には言いにくい仕事をやっている者たちの所を立て続けに回っていたのである。
「ずいぶん懐が軽くなったなぁ……」
 溜息とともに嘆く心。行く先々でお札が飛んでゆくのだからたまったものではない。しかもどうせ経費にゃなりそうもなく。
 で、出ていったお金に見合うだけの情報が得られたのかというとそうでもなく。言えるのは、近頃入ってきている麻薬はここではどうも流れていないようだということ。ルートがかっちりしていて、他から入ってくる隙間がないようなのだ。それにそういった場所では、他所から入り込もうとするのを排除する者がちゃんと居る訳で。
 ともあれ、心は次の場所へ向かうべくぷらぷらと夜道を歩いていた。と――背後から、つけてくる気配が。
(かかった……か?)
 心は調査するにあたって、足跡を残さないようにはしていなかった。いや、あえて適当に足跡が残るように仕向けていた。身分こそ伏せていたが、最近入ってきている麻薬について調べている者が居ると。
 背後にある気配は3人。まあ……何とかなるだろうと心は踏み、足を止めてくるりと振り返った。そこには確かにチンピラ風の男が3人居り、心が急に振り返ったことにびっくりしていた。
「俺に何か用か? サインなら別の場所にしてくれよ」
 最近DJとして活躍してるからか、サインを求められることもあるようだ。が、もちろんこんな状況でそれはなく。
「何、用ってほどじゃねぇよ。ちょこっと痛い目に遭ってもらうだけだ」
 1人の男がニヤニヤ笑いながら指をぽきぽきと鳴らし、心の方へと近付いてくる。これはどうも紳士的な交渉は無理そうだ。
「……痛い目か」
 男と間合いを詰める心。すると突然男が殴り掛かってきた!
「よし正当防衛だな!」
 心は男の攻撃をかわすと、こぶしをみぞおちに思いっきり叩き付けた。
「ぐあっ!!」
 一撃で崩れ落ちる男。痛い目に遭ったのは男の方であった。
「に、逃げろ!」
「う、うわぁーっ!!」
 途端に残りの2人が逃げ出した。ところがその前方を塞ぐように人影が。
「てりゃぁーっ!!」
 人影は前を行く男の身体をむんずとつかみ、続く男へ目がけて投げ付けた。見事な投げは2人の男を冷たい地面へ倒してしまう。
「いつものことですが、やっぱり最後はこうなるんですか」
 人影の背後からやれやれといった様子でつぶやいたのはエメラルダだ。ということは、人影の正体はもちろん烈である。
「通りがかったからな」
 と心へ向かって話しかける烈。
「で、こいつらは?」
「ああ、麻薬について調べられたくない連中だ」
 心がさらりと答える。とにかくこの連中から話を聞かねばなるまい。そう思っていると、ジャケットにGパンという格好の少年が姿を現した。
「彼らの身柄はこちら、GDHPが預かりましょう」
 少年は現れるなりそう言った。
「GDHPには少年も居るのか」
 烈が感心したようにつぶやくと、エメラルダが慌てて窘めた。
「違います! あれは……」
「これでも成人女性だコンチクショー!」
 少年、もとい成人女性の夕は周囲に響き渡るほどの大声で叫んだ。実は夕、この私服の格好で独自に捜査したり、先輩から教えられたブローカーと会いに行ったりしていたのである。
 男たちの身柄はGDHPに引き渡され取り調べられたが、3人ともただ頼まれただけだと判明。頼んだのは銀髪長髪の真っ赤な唇をした女であったという。

●女の影
 同じ頃、タスクはビルシャスの小さな公園に居た。件の男子生徒を追いかけていた所、こんな時間になったのだ。
 だが、待った甲斐はあった。男子生徒はここで売人らしき者と接触していたのだ。売人らしき者は、金髪長髪の真っ赤な唇をした女。代金と引き換えに紙袋を渡していた。
 タスクはその光景を写真に撮り、帰ってゆく女を追いかけたが、残念ながら途中で見失ってしまったのだった……。

【了】