■奇妙な殺人■
商品名 アクスディアEX・セイクリッドカウボーイ クリエーター名 高原恵
オープニング
 それは奇妙な殺人事件であった。
 場所はいずれもソアル内。最初に事件が起こったのは……10月に入ってすぐのことだっただろうか。
 小さな公園の片隅に、女性の死体が転がっているのが早朝に発見された。所持品などから、いわゆる夜の商売系のお店で働く30代の女性であることが判明した。そう、所持品などからでだ。何故なら、その女性の遺体は顔や両腕、胸部や腹部、背中などが鋭い刃物か何かで滅多突きにされて、判別が出来なくなってしまっていたからである。
 死因はどうやら最初に喉を一突きされたことによるもののようだった。それから各部位を滅多突きにしていったのであろう。
 だがしかし、全く傷付けられていない部分が存在した――両方の足である。何故かそこだけはかすり傷すらなく、綺麗なものであった。
 それから現在に至るまで、同様の事件がさらに3件発生していた。20代前半の女性、20代後半の女性、そして19歳の女性。いずれも同じように顔などを滅多突きにされ、両足のみが無傷となっていた。
 20代前半の女性は繁華街のビルの裏側で倒れているのを早朝に発見された。20代後半の女性と19歳の女性は、各々1人暮ししている自分の部屋で殺害されているのを発見された。職業は20代前半の女性が夜の商売系のお店、20代後半の女性がOL、19歳の女性が大学生である。
 手口が手口ゆえ、一連の事件は同一犯と考えられた。事件の内容ゆえに、GDHPに捜査権を委譲した方がよいのではないかという声もソアル署内にはあった。しかし……現在までに捜査権の委譲は行われていない。ソアル署の上層部の一部が強く反対しているとの話である。
 まあGDHPへの対抗心ゆえ、そんなことが起こるのはそれなりにある話だ。けれども、何故に一部が強く反対しているのであろう。
 そのことが気にかかった一部のGDHP捜査官たちは、捜査権の委譲を待つことなくこの事件について独自に調べ始めるのであった……。
シナリオ傾向 推理:4/捜査:5/戦闘:2?(5段階評価)
参加PC 月村・心
タスク・ディル
倉重・夕
奇妙な殺人
●実地調査
(1人くらいなら誤魔化そうと思えば誤魔化せるだろうが……さすがに4件も同じ手口が並ぶと、隠そうとする逆に怪しいんだっての)
 日中、ソアルの繁華街を歩いていた月村心はそんなことを考えながら2件目の事件現場を探していた。
「何も『僕たち怪しいです』って宣伝しなくてもいいものを」
 思わずこんな愚痴が口を突いて出てしまう。こんなの、何かあると考えるなという方が無理な話だ。
 今回、心は今回の事件が気にかかったGDHPの刑事に雇われていた。いわゆるカウボーイの立場だ。しかしその捜査は、いつものように自分の好きにやらせてもらうつもりである。相変わらずの安い報酬で危ないことばかりさせられるのだ、好きにやらせてもらうくらいしても罰は当たるまい。
 という訳で、心はフリーのジャーナリストを装ってソアルを訪れていた。ICレコーダーやカメラなどはもちろんのこと、それ用の名刺まで準備した用意周到振り。相手があれこれ調べなければ、偽ジャーナリストだと簡単にばれることはないだろう。
 すでに心は1件目の事件現場を訪れてきていた。小さな公園であることは聞いていたが、やっぱり実際に訪れてみないと分からないこともある訳で。
 その公園のすぐ隣には、いわゆるラブホテルというものがあったのである。で、被害女性はいわゆる夜の商売系の店に勤務……まああれだ、具体的かつ簡単に言うと『電話で呼ばれて客元に訪れる』類の店だ。あまり大っぴらに公表されてはいないけれども。
 なので、殺害されたのはラブホテルを出てすぐのことであるのだろう。ラブホテルに心が話を聞きに行ってみたら、散々邪険にされて追い返されてしまったのだ。その態度からして、あれこれと警察に尋ねられたであろうことは容易に想像出来る。
 しかし事件はその後も続いているのだから、その時の客が犯人ではなかったのだろう。そうすると、行きずりの犯行という可能性も出てくる。2件目の事件など、まさにそうであってもおかしくないではないか。
 そうこうしているうちに、心は2件目の事件現場に入る道を見付けた。位置関係からすると、2件目の被害女性が来たのと逆の方向から心は入ってゆくことになった。きっと近道をするために、ここを使用したのであろう。
「狭いな」
 入るなり、ぼそっと心がつぶやいた。その道は横に2人並んで通るのがやっとという幅の広さであった。その狭さだから、真横に並んだ時に被害女性の口を押さえて壁にでも押し付ければ、簡単に生命を奪うことは出来たはずだ。
 その証拠はすぐに見付かった。
「これは……」
 一方の壁に、被害女性の物であろう血痕が未だ残っていた。血に濡れた手が当たったのだろう、何かをつかむような感じで5本の指の跡が残っている。
(最初刺された後も意識はあったんだな)
 カメラを取り出し、写真を数枚撮る心。それからその道をまっすぐに歩き反対側、つまり被害女性が入ってきた方へ出た。
「……このまま、勤めてた店に寄ってみるか」
 店の場所は分かっている。心はそこへ直行した。その店はキャバクラだった。
 昼間であるので、店はまだ閉まっている。が、看板にこんなキャッチコピーが書かれていた。『美脚美人の集う店』などと――。

●検索
 心が順番に事件現場を訪れていた頃、ソアルの図書館には新聞のバックナンバーを調べているタスク・ディルの姿があった。
「3件目がここ、4件目は……こっちっと」
 タスクは傍らの地図に赤ペンで×印をつけていた。何をしているかといえば、一連の事件の現場をチェックしているのだ。
(こうして見ると、どこかに集中している訳じゃあないのか)
 地図にプロットしてみればよく分かる。4件の事件現場は見事にばらけていた、しいて言えば、3件目と4件目の間が他の部分と比べてやや狭いくらいだろうか。
 さて、何故タスクはこの事件を調べているのか。タスクが事件を知ったのは新聞やテレビのニュースからである。この奇妙な事件にタスクは懸念を覚えたのだ。よもや事件の犯人が魔皇であったりしないのか、と。
 もし仮にそうだった場合、魔皇……いや魔属全体の立場が悪くなる。昨今の社会情勢を考えてみると、非常に困ったことになってしまうだろう。
 ならば警察より先に犯人の割り出しは出来ないものか。そう考え、タスクは事件の調査に乗り出したのである。つまりどこかに雇われたりしている訳ではなく、自分の意志だ。
 当然ながら調べているのは、何も事件現場の位置だけではない。遺体が見付かった時の様子など、記事の内容を新聞やネットで調べていた。
「……猟奇的、としか思えないな」
 ぼそっとタスクがつぶやいた。被害者に共通していることをタスクは考えていたのだ。
 現時点での共通点の1つは女性であることだ。そしてもう1つは、両足だけが無傷であるということ。
(足にコンプレックス、あるいはフェティシズムがある?)
 両足を傷付けないのは、明らかに意図的だ。そこに何かが確実に存在している。
 腕を組み、難しい顔で考え込むタスク。その姿を、書架の陰からこっそり覗いている女性の姿があった。タスクの逢魔、レミルである。
(ええと……いったい何を調べているんでしょうか〜)
 タスクを心配そうに見つめるレミル。ソアルへ向かうタスクを見かけて、不思議に思って後をつけてみた所、こんな所に着いたのである。
 事件の調査をしていると知ったら、レミルはどうするつもりなのだろうか。

●変装
 場所は変わってソアル署。その前に、神魔人学園の制服に身を包んだ小柄な女生徒の姿があった。女生徒は誰かを待っているのだろうか、建物の前でうろうろうろうろとしている。
 やがて建物の中から婦警が1人出てきて、女生徒の所へやってきた。手を振る女生徒。すると婦警は女生徒の腕をむんずとつかみ、駐車場の人気のない方へと引っ張っていった。
「あんたそんな格好して何やってるの!」
 声を押し殺し、婦警は女生徒を問い詰める。口振りからして、女生徒のことを婦警は知っているようだ。
「ちょっと見学に……」
「だからって、なんちゃって女子高生で来るGDHPの刑事がどこに居るのよ! いくらそう見えるからって、全く!」
 婦警は女生徒、いやGDHPの刑事である倉重夕を叱り飛ばした。この婦警、GDHP転属前、パトモス公安警察時代の夕の知り合いなのだ。
「いや……私22歳……」
「当たり前でしょ! 制服だけじゃなくウィッグまでつけて……あーあ、もう。あまりにも年相応に見えないから開き直ったの?」
 呆れ顔の婦警。夕はといえば婦警の言葉が心に刺さったか、ずんと暗くなってうつむき加減になっていた。
「いーのよ……普段が普段だし、こんな滑降しても誰も気付かないもの……」
 ああ、発言が自虐的だ。
「で、何しに来たのよ」
「だから見学に」
「だったら制服は制服でも、GDHPので来いっ!!」
 婦警は思わず夕の胸ぐらをつかみたい衝動にかられたが、何とか思いとどまった。
「あ、それはさすがに……マズイから」
 首を竦め答える夕。と、婦警の表情が変わった。
「GDHPだと不味いことなの? 10文字以内で本当の理由を述べよ」
「猟奇的な、一連の事件」
 夕がそう答えると、婦警も何のことか思い当たったようだ。
「あー、あれね。言っておくけど、あたしは全然知らないから。交通課にそんな情報、詳しく回ってこないわよ」
「だから見学を口実に調べに来たんですよ」
 溜息を吐いて夕は言葉を続ける。
「何故捜査権の委譲に反対するのか。これを調べるのに、GDHPの制服で来るのは」
「……確かに不味いわね」
 ようやく婦警も納得した。GDHPの制服で来ていたなら、越権行為とか何とか言われて問題になっていたことだろう。
「それであたしは何をすればいいのかしら?」
 夕へ尋ねる婦警。してもらうことは簡単なことである。
「卒業も近いから、見学に来たということにしてもらえれば」
「……了解。ただしあたしも一緒に行くから、勝手な動きはしないこと。いい?」
「了解」
 敬礼を返す夕。かくして見学を口実に、夕はソアル署の中へ入ることが出来た。

●邪魔する者は
 3件目の現場マンションの訪問も終え、心は残る4件目の現場マンションに向かっていた。
 と――もうすぐマンションの前に着こうかという時だった。前方、マンションの前で長い髪の女性がぺこぺこと警官2人に向かって何やら頭を下げているではないか。そして女性の傍らには、しれっとした顔の小柄な少年が立っている。レミルとタスクの2人である。
(何だ、どうした?)
 ちと身を隠し、様子を窺う心。やがて警官たちの注意が済んだか、2人の前から去ってゆく。レミルはといえば、その後ろ姿に向かってまだしきりに頭を下げている。一方のタスクは警官たちが離れたのを見て、反対側――つまり心の居る方だ――へ歩き出した。それに気付き、レミルが慌てて追いかける。
(……話を聞くか)
 警官に何を言われたのか気になった心は、自分の方へやってきたタスクたちを呼び止めて事情を聞くことにした。
 何でもタスクがマンションの前に着いて少し様子を窺っていると、巡回中だったのか今の警官たちが声をかけてきたのだそうだ。要するに不審尋問されたのである。
「それで僕が、『事件を解決出来ないから無能だ』って言ったら」
「……逮捕されそうになったので、慌てて飛び出していったんですぅ」
 タスクの言葉を受け、レミルが溜息を吐いた。
「ここもか」
 話を聞いていた心が、眉をひそめてつぶやいた。
「ここもかって、どういうこと?」
 タスクが尋ねてきた。
「3件目の現場マンションを調べてたら、俺も警察に声をかけられた。俺は軽く注意されただけで解放されたが……偶然にしては出来過ぎてるよな」
 唸る心。ソアル署としても力を入れて捜査をしているのだろう。だからこそ巡回中の警官に出会ったとも考えられる。だが、見方を変えてみるとこうも考えられないだろうか。すなわち、事件に首を突っ込もうとする外野を排除しようなどと――。
「妙な動きだな……」
 心の話を聞いて、タスクもソアル署の動きを奇妙に感じた。
(まさか。いや……まさかな。しかし……)
 ある考えが、心の脳裏を一瞬よぎった。生まれた疑念は、簡単には消えやしない。

●内緒の話
「どういった事件の捜査をされているんですかぁ?」
「ああ、今は……知ってるかな、続けて女性が4人殺されている例の事件の」
「あ、はい、知ってます。怖いですねー」
 場面は再びソアル署。婦警とともに『見学』をしていた夕は、捜査課の人間を捕まえて話をしていた。……婦警が『年下の女の子に弱い』と教えてくれた刑事だ。なので、夕も必要以上に可愛い娘振って喋っていた。
「夜の1人歩きはしないで、戸締まりはきちんとするんだよ。しかし、なかなか捜査もはかどらなくてね。早くGDHPに協力要請してくれりゃいいのに、面子にこだわってるのか副署長が渋ってさ」
 愚痴る刑事。なるほど、反対している一部の人間とは副署長だったのか。
「……使えねぇ息子を持つ親として大変なのも分かるけどさ。全くなあ……」
 そこまで愚痴ってから、刑事ははっとして夕を見た。
「ごめん、今のは内緒なっ!」
 ……口止めしてきた。
「刑事さんも大変なんですね」
 無難な言葉で誤魔化す夕。刑事は夕に感謝すると、足早にその場を立ち去った。残されたのは夕と婦警の2人だけだ。
「……ねえ」
 ややあって、夕が婦警に尋ねた。
「副署長の息子って、何をしている人?」
「ここの警官。交番勤務よ。言っちゃあれだけど、ダメ警官って評判ね」
 呆れたように答える婦警。この様子からして、本当にダメなのだろう。
 しかし……何かが夕に引っかかった。
「その人、どこの交番勤務で――」
 夕が婦警に尋ねた。

●『堕ちた』
 その日の真夜中。
 とあるマンションの前に、怪しい人影があった。人影はマンションの敷地に入り込み、ベランダをよじ登ろうと試みかけた。
 すると突然、その人影が明かりに照らされた。夕の持つ懐中電灯の明かりだ。明かりの中には黒っぽい格好をした青年の姿があった。
「……5件目はここですか」
 青年へ言う夕の声には、静かな怒りが含まれていたように思えた。
「くっ!」
 慌てて反対側へ逃げ出そうとする青年。だがその行く手を3つの人影が塞いだ。人化を解いてニードルアンテナを呼び出していたタスク、次いでレミル、そして心だ。
「逃がさないよ」
 タスクが青年に向かって静かに言い放つ。逃げようとしたらどうなるか、タスクの姿から容易に想像つくはずだ。
「……あ……」
 逃げられないと悟ったのだろう、青年はその場にしゃがみ込んでしまった。
「殺人を重ねた馬鹿息子と、それを庇う馬鹿親父か……やれやれ」
 吐き捨てるように心が言った。雇い主経由で夕もこの事件を調査していることを知り、情報交換を行った結果この結論に達したのである。犯人は、副署長の息子であるこの青年だと。
 夕が聞き出した青年の勤務する交番は、3件目と4件目の現場が区域内であったのだ。
 で、1人暮ししている青年の家を張って、真夜中になって外へ出てきたのを4人して尾行して……この通り。現場を押さえられては言い逃れが出来るはずもなく。
「親父が庇って……?」
 初耳だといった様子の青年。
「……何で親父が知って……?」
 おや、何か妙だ。まあその辺は後で調べればよいだろう。今聞かねばならないことは、殺害の動機である。
「何故こんな真似をしたんだ」
 心が青年に問う。すると青年は、急にどんどんと地面を叩き始めた。
「あの女が! あの女が悪いんだ!! 俺を……俺の嗜好を馬鹿にするからっ……!! だからっ、だから俺はっ……!!」
 青年の告白を聞いて、夕は夜空を仰いだ。これはつまり……『目覚めた』者であったのであろう。復讐のため殺害をした。しかしそれが自身の嗜好と不幸にも結び付いてしまい、今度はそれに快楽を求めるようになり――。

●結末と余波
 こうして事件は犯人逮捕で決着した。
 ソアル署の逮捕発表の前には、すでにマスコミに副署長の行為も含めて情報が流されていた。心が匿名で売ったのである。
「……どんな理由があれ、殺人を隠蔽している以上、悪人と同じだ。俺は容赦はしねぇんだ」
 情報を売る前、心はそう語っていた。確かにこれは容赦がない。
 この結果、ソアル署は徹底的に糾弾されることになった。その過程で副署長がGDHPへの捜査委譲に反対した理由も明らかとなった。息子の家を訪れた時に血に濡れた衣服を偶然発見してしまい、もしやと思ったからだったそうなのだ。だから息子を守るために、あんな真似をしたようだ。
 ソアル署に走った激震は当分収まらないだろう。いや、ソアル署のみならず、警察機構全体に対しても……この事件のダメージは小さくない。

【了】