■警察学校の1日 ―現場よりの声―■
商品名 アクスディアEX・トリニティカレッジ クリエーター名 高原恵
オープニング
 新東京、神魔人学園――トリニティカレッジとも言われるそこは、様々な学校が集約した巨大学園である。初等部・中等部・高等部・大学部など普通の学校があるのは当然のこと、他にも神魔技術工科大学やパトモス軍学校などといった少し特殊な学校もある。
 その特殊な学校の1つに、警察学校も含まれている。
 警察学校では法学や逮捕術、実際の勤務についてなど、警察官として必要な学習が行われており、入学には高卒以上に相当する学力が必要である。そして卒業後は、GDHPや通常の警察に勤務することになるのだ。
 もっともこれは警察官の卵たちについての話。中には警察官であっても、何らかの理由で再訓練を命じられてやってくる者も居るとか居ないとか。
 師走・12月。現在の訓練生たちの卒業まであと10日ほどとなった。素材がよかったのか、あるいは教官たちの指導がよかったのか、今期の訓練生たちは優秀であると言われている。願わくば現場に出ても、潰れることなく成長していってほしいものだ。
 さて――そんな時期に、警察学校より密かに通達が出ていた。それは、次期以降の訓練生のために、様々な角度よりの意見を聞かせてもらいたいというものであった。対象は教官だけかと思いきや、どうやら現場の警察官にも開かれているようだ。
 各人の意見は、警察学校の一室にて1対多の形で聞くとのこと。もちろん1が意見を述べる者で、多が警察学校の幹部連だ。ちなみに、その場での発言はどのようなものであれ不問に処するという噂だ。
 何故急にこんなことを、という疑問もあるだろう。それは恐らく、先日のソアル署での不祥事も関連しているのかもしれない。現職警察官が殺人を犯し、あまつさえ署の幹部が捜査妨害とも取れる行動に出ていたのだから……。
 それでは今日もまた、警察学校の1日の様子を見てみよう――。
シナリオ傾向 要望:5(5段階評価)
参加PC 月村・心
キョー・クール
ヤスノリ・ミドリカワ
警察学校の1日 ―現場よりの声―
●張り詰めた空気
 師走独特の忙しい空気が流れているのは、警察学校も例外ではない。けれどもある一室――会議室だけはそんあ空気から外れていた。むしろそこだけ時間が止まっているような……緊張した空気が部屋を包んでいるように思われる。
 会議室には5人の男たちの姿があった。窓際に置かれた長机の前に、横一列で並んで座っている。そして男たちの正面には、椅子だけがぽつんと1脚置かれている。
 男たちは警察学校の幹部連だ。今からここに現れる教官たちの意見に耳を傾けるべく集まったのだ。
 そして、会議室のドアがノックされる。ようやく教官たちがやってきたのだ。
「入りたまえ――」

●縄張り根性など捨てよ
 最初にこの場に現れたのは月村心である。
(また物々しい……)
 中へ足を踏み入れて早々、その光景に思わず心は眉をひそめそうになった。目の前に警察学校のお偉方が5人も並んで座っている状態。意見を聞くとは聞こえはいいが、ちょっとした尋問の間違いじゃないのかと思えてしまう。
 その想像はあながち間違いではないようで、幹部連の1人は心に向かって開口一番こう言い放ってきたのだ。
「月村心教官。我々は君の先だっての提言を評価している。我々だけでなく、上も君の提言に興味を抱いている」
 それは心が以前警備実施訓練の際に提言した、特殊部隊の設立についての評価であった。既存であるGDHPの特殊急襲部隊よりもさらに踏み込んだ内容の……。
「先日の夜間訓練の模様も見させて……」
「ソアル署の不祥事」
 幹部がまだ喋っている最中、心はぼそりとつぶやいた。喋っていた幹部の言葉が、ぴたりと止まった。
(……そうか、この前発覚したあれを受けてのことか)
 意見を聞くなんて話が出た時からそうではないかと思っていたが、反応を目の当たりにするとやっぱり間違っていなかったのだなと心は思った。
「ゴホン! ともあれ評価はこのくらいにして、さっそく君の意見を聞かせてもらおうか。月村教官」
 別の幹部が心を促した。
「一言で言わせてもらえば……」
 そこまで口にして、心はふうと溜息を吐いた。
「縄張り根性が強過ぎるからこういうことになるんだ」
 じろりと幹部連を睨む心。幹部連の中にはすっと視線を外す者も居た。その姿に、心はカチンときた。
「人民を守る警察が、身内を守るために人民を犠牲にするなど話にならん! そんな正義なら初めからないほうがましだ!」
 ついつい語気が荒くなってしまう心。再び睨み付けたが、さすがに今度は幹部連の誰も視線を外すことはなかった。
「確かに……市民を守る警察としては、決してあってはならないことだ」
 また別の幹部が唸るように言った。分かってはいるのだろう、それではいけないのだと。けれども分かっていて何故それが出来ないのか……何とも不思議だ。
「まぁ、とにかく具体的には……もっと各警察とも、軍ともきちんと連携を取るべきだ」
「軍?」
「そうだ、軍ともだ。縄張り意識は捨ててしまえ。そんなものがあるから身内で事件を解決、あるいは揉み消そうとしてこういう事態になるんだ」
 縄張り意識が往々にして捜査の障害になることは多々ある。それは文字通り地域としての問題だったり、職域としての問題だったり、他組織との問題であったりと様々だ。
 同じ組織内の場合はまだましだが、他組織――警察の場合は軍との関係が伝統的にあれだからして、なかなかに難しい問題だったりする。ゆえに幹部連も心の言葉を聞き返したのだ。
「それと前々から思っていたことだが……GDHPのやり方は甘過ぎる」
 心の意見はまだ終わらない。この際だ、言うべきことは全て言ってしまおうと考えたのであろう。
「甘過ぎるかね?」
「ああ甘過ぎる。確かに、犯罪者は生きて捕らえてきちんと裁きを受けさせるべきだとは思う。だが、それにこだわり過ぎて市民に被害が出たら本末転倒だ。だから、ある程度はそういう部分も考えてもらいたい所だ」
「……ふむ……」
 腕を組み、思案顔で互いの顔を見合わせる幹部連。そんなことにはお構いなしに、心はまるで独り言のようにつぶやいた。
「……やはり、秘密裏にでも犯罪者に一切怯むことなく立ち向かい、処理をする『汚れ仕事』をする部隊を早急に作るべきだ」
「例の提言による部隊かね。『ケルベロス』という名の」
 幹部の1人が尋ねると、心は無言で頷いた。それで心の意見は終了だった。
「……貴重なご意見感謝する、月村教官」
 そんな労いの言葉を幹部にかけられ椅子から立ち上がった心だったが、ふと思い出したようにこう付け加えた。
「そうだ、忘れる所だった……不正を暴くために検査機関のようなものを作るべきだろう。こういう事態を未然に防がなけりゃ、警察の信用は回復しない」
「その役割はすでに監察官が担っているが」
「しかし、まともに機能していないんじゃ意味がない。例えば独立組織にするなり何なり、改善すべき点は色々とあるのではないか?」
 そう言い残して、心は会議室を後にした。

●対話の拡充を
 次にこの場に現れたのはキョー・クールであった。
「かけたまえ、キョー・クール教官」
 幹部の1人にそう声をかけられ、キョーは椅子へ腰掛けた。先程の心同様に、さっそく幹部連からの評価が始まった。
「さてクール教官。君の授業・訓練内容について言うべきことがあるのだが……」
 重々しく口を開く幹部。
「ええ、何でしょう」
 冷静に答えながら、キョーは頭をフル回転させる。幹部の口振りが何か引っかかったのだ。
(まさか僕のセクハラに対する弾劾を? いやいやそんなはずはない……僕の理論は完璧なのだから)
 とはいえ100%の物事など実際は存在しない。どこかキョーの気付かぬ場所に、小さな穴があった可能性は決して否定出来ない。ともあれ、キョーは幹部の次の言葉を待った。そして出てきた言葉は――。
「非常に熱心かつ丁寧でよろしい」
 危惧していたのとは真反対、キョーの授業振りを評価する言葉であった。
「訓練生からの評判も上々だと耳にしている。実際データを見たが、今期訓練生が落ちこぼれることがなかった理由の1つには、君の教え方がよかったこともあるかもしれない。ゆえに次期訓練生が入ってきても、同様に頑張ってくれるものと我々は期待している」
(やっぱり僕の理論は完璧だった!)
 そうであるとは悟られなければ、女子訓練生の身体にあれこれと触れているのはどうやら熱心に教えているのだと解釈されるようである。とりあえず、目の前の幹部連はそのように解釈しているのは間違いなく。
 が、キョーは表情を変えることなく静かに礼を言った。
「その期待に応えられるよう、今後とも頑張りたいと思っています」
「うむ、よろしく頼みます」
 無難な答えを返したキョーの言葉に、幹部連は満足げにうんうんと頷いた。
「では君の意見を聞こう」
「実は直前に、生徒たちより意見の聞き取りをしてきました。授業を受ける側がどのように考えているか、このことも大切な要素です」
 キョーがそう言うと、幹部連はほう……とたいしたものだという表情を浮かべた。
 確かに、キョーが訓練生から意見を聞いてきたのは事実である。けれども今の言葉には、いくつか伏せられている事柄がある。
 まず意見を聞くために集めた訓練生たちは皆、女子訓練生であったということ。そしてキョーが単にこういうことをやるはずもなく、その裏にはやはりキョー独自の理論に裏付けられたセクハラが存在していたということで……。
 ただ意見を聞くのも何だからと、キョーはついでに意見発表の練習を兼ねさせた。そこに今回のポイントがあった。女子訓練生、すなわちキョーにとっては可愛い婦警の卵たちが意見を述べている間、じっと目を合わせて見つめてその表情をキョーは堪能したのである。
 もし仮に奇異に思われたのなら、こう答えるだけでよい。『真剣に意見を汲み取ろうと考えている上司であれば、今の僕程度じゃ済まないさ』とでも。事実、射るような視線で相手を見つめ、真意を探ろうとしてくる者は居るのだから。
 だが結局奇異に思われることもなく、キョーは女子訓練生たちの意見をいくつか聞き取ることが出来た。それを今、幹部連に向けて話し始める。
 訓練生から見て現在の授業・訓練のよい点は、多面的に物事を考えられるようになったのではないかということが挙げられた。これは恐らく、教官によるスタイルの違いが影響しているのではないかと思われる。
 けれどもそれは裏を返せば悪い点ということでもある。教官によるスタイルの違いからか、色々と境界線がぼやけてしまって判断に困る部分があるという点もまた挙げられたのだ。
「なるほど……今期の方式だとそういった一長一短があるということか」
 唸る幹部連。そしてキョーに向かって言った。
「訓練生たちの意見は分かった。それで、君自身の見立てはどうなんだね」
「そうですね……生徒たちが自ら選択するのもよいけれど、個人の能力で授業を分けた方が効率的かもしれないですね。オーソドックスなやり方は、男女で分ける方法かな……」
「しかし、そうすることによって先程挙げられた短所が拡大される可能性が高いのではないかね?」
 幹部の1人が疑問をキョーに投げかけた。
「多人数において境界線がぼやけるのなら、少人数における境界線をきちんと確立させるという方法も取ることは可能かと。個人の能力で分けるのなら、少人数のグループが複数出来上がるのは明らかですしね」
 理論的に切り返すキョー。各グループ内で境界線が確立されていれば、全体で見た時に境界線がぼやける恐れは減るだろう。
「また、何やら警官の不祥事が問題になっているようですが……それならば試験の他に、授業以外にも教官と生徒たちの交流の時間を設けて、個人個人の意欲や性格も見た方がよいのでは? こういうものは対話の積み重ねで見るのが、古典的だけれども確実でしょうからね」
「ふぅむ、能力で分けるのであれば、各人の意欲なり性格を見る必然性はあるか……」
 顔を見合わせる幹部連。その光景を見ながら、キョーは心の中でつぶやいていた。
(……それにこの方が僕もセクハラがしやすいしね)
 やっぱり本音はそれか、それなのかぁっ!!
「……貴重なご意見感謝する、クール教官」
 幹部連から労いの言葉をかけられ、キョーの順番はこれにて終了となった。

●上層部に求められしこと
 さあ最後にこの場に現れたのは、ヤスノリ・ミドリカワだ。普段の訓練時同様に、迷彩服にジャングルブーツ姿という見慣れた姿である。
 それを見ている幹部連の表情はというと……やはりというか仕方ないというか、渋い表情をした者の方が多い。
「さて、ヤスノリ・ミドリカワ教官。まずは我々の評価を率直に語って構わないだろうか」
「……どうぞ」
 幹部の1人の言葉に対し、静かに答えるヤスノリ。眼鏡の奥の瞳は、幹部連の口からどのような言葉が飛び出してくるのか、まずは見極めようとしていた。
「君はもちろん承知だろうが、伝統的に我ら警察と軍の仲はよろしくはない。それゆえに、君が教官としてやってきた際に、警察学校内より危惧する声があったことは事実として存在した。だが、それは杞憂であったようだ」
「我々は君の訓練内容をとても評価している。総じて現場に出た際のことを考え、実践的な内容になっている。そのためか、今期の訓練生たちは顔付きが前期までとは異なるように私には思える」
「いや、確実にたくましくなった。無論君のみならず、他の教官も含めた皆の功績であるのだが」
 口々に話す幹部連。最初は何を言い出すのかと思いきや何のことはない、ヤスノリを評価しているのである。
「ではミノリカワ教官。君の意見を聞かせていただこう」
 そしてようやくヤスノリの意見を聞く段となった。ヤスノリはまず、先日のソアル署の不祥事について触れた。
「……今回の事件は抑止出来なかったと言わざる得ないだろう。現行制度では予防策を構築出来ていないからだ。もし徹底してやるならば3つのことが必要となる」
 淡々と語り、指を3本幹部連に向けて立て示すヤスノリ。
「その3つのこととは?」
「1つは身内を確実に排除するシステム、少なくとも血族を排除することが重要となる。もう1つは情報の収集のために報告を奨励し、情報隠匿を罰する体制を作らねばならない。そして最後、公務員の犯罪はワンランク上の処罰を行うということだ」
「……むう」
 幹部連の誰かが唸った。難しい、そう言いたげな唸りに聞こえた。
「『李下に冠を正さず』という言葉があるがまさにそれが必要。でなければ、私のようなものが叛乱を画策するやもしれぬな」
 ヤスノリの口から『叛乱』といった言葉が出た瞬間、幹部連ははっとして互いの顔を見た。まさか、そんな馬鹿なことは……といった思いが表情に浮かんでいた。
「脅しではない」
 少し語気を強め、幹部連をじろりと見回してからヤスノリは言った。
「上層部が現場の思いを理解しなければいつ起きても不思議ではない。犯罪を防ぎ、抑止することが警察の役目である以上、それを出来ない上層部は無用の長物。それどころか捜査妨害を行うようなものは排除するに限ると、若手が思えば叛乱なんぞ夢ではない」
「だがしかし……」
「叛乱は」
 ヤスノリは幹部の言葉を遮るように言った。
「何も権力欲から生まれるものだけではない。組織を正すために必要の流血と信じる者が居る……特に正義感溢れる若者に多いがね。そのことは歴史が証明してくれている」
「……自浄作用の拡充か……」
 幹部の1人がぼそりとつぶやいた。心といいヤスノリといい、幹部連にとっては耳の痛い意見である。けれども、それを無視するような組織に未来はない。改善すべき所は、手をつけてゆかねばならないのだ。
「……最後にもう1つ。『ケルベロス』と称される部隊の創設を考えているという話を耳にした」
 『ケルベロス』という単語に幹部連はぴくっと反応した。それは話が噂でなく事実である証。ヤスノリはそれを確かめてから、言葉を続ける。
「仮にそうだとすれば、逆に私は交番制度の拡充を訴えておこう。市民に愛される警察の基本は市民密着型だからな。力によって完全に事件を制覇すると同時に、交番を拡充することで市民に親しまれることで犯罪を予防する。それが重要だ。警察だからこそ出来ることではなかろうか?」
 そしてヤスノリは席を立った。
「力なき正義は無能、正義なき力は暴力。警察とは正義ある力にして、力ある正義とならねばならんのだ。では失礼する」
 最後にそう言い残して。
「……ミドリカワ教官、貴重なご意見感謝する。交番制度の拡充については、必ず上に伝えておこう」
 幹部の1人がヤスノリの背中に向けて言った。
 さて、各々の意見を聞いて何思う幹部連。願わくば、よい方向へ向かうことを――。

【了】