■あぶれる刑事 ―鎮魂―■
商品名 アクスディアEX・セイクリッドカウボーイ クリエーター名 高原恵
オープニング
 ゴーン……ゴーン……ゴーン……。
 新東京に除夜の鐘が鳴り響く。時刻は0時を回って――新たなる年を迎えていた。
 新東京のあちらこちらでは、寺社の参拝へ向かう者たちの姿も見られ、ちょっとした賑わいを見せていた。
 そんな中、あの男たちの姿はソアル……それも人が好んでくるような場所ではない街外れにある廃工場にあった。正確には、廃工場近くで様子を窺っている。
「タク、どうだ」
「……外には居ないな」
 小声で言葉を交わすのは、GDHP刑事・ユーリこと木下有理と同じくGDHPの刑事・タクこと拓山良樹。人呼んで『あぶれる刑事』とはこの2人のことである。
「踏み込むか」
「いつでもいいぜ」
 どうやらこの2人、事件に絡んでここへやってきた模様。もっとも事件絡みでなければ、この2人が廃工場へやってくるはずもなく。

 それは数日前のことだった。行方不明となっている爆弾を相変わらず探し続けていた2人だったが、ユーリの使っている情報屋が公衆電話から電話をかけてきたのだ。
「木下さん、大変だ! 大変なこと聞いちまった……」
 情報屋は声を潜め、焦った様子で喋っていた。
「どうした?」
「正月早々に爆弾使う気だ! 妙な奴らの会話をついさっき聞いちまったんだよぉ……」
「おい、お前今どこだ? 俺が行くまで下手に動くなよ、いいなっ?」
「ソアルだよ、ソアル。木下さん……奴ら、街外れの廃工場で大晦日にさらに仲間集めて相談するって……!」
「だからソアルのどこだ、お前は!」
「ソアルの……あっ、やばいっ!! 木下さん、また後でっ!!」
 ガチャン!!
 情報屋が思いっきり電話を切った。
「もしもしっ、もしもーしっ!!」
 ユーリは切れた電話に向かって強く呼びかけたが、当然聞こえるのは通話音のみである。
 大至急ソアルへ向かったユーリはあちこちを探し回ってみたものの、情報屋の姿はまるで見付からなかった。
 そして大晦日の朝――情報屋は物言わぬ死体となってソアルを流れる川に捨てられていたのを発見されたのである。遺体には激しい暴行の跡があり、最後に喉を掻き切られたのが致命傷と見られた。
「…………」
 情報屋の遺体を目の当たりにした直後、ユーリは無言だった。しかし背中が泣き……そして怒っていた。
「ユーリ」
 タクがユーリに声をかけた。
「……止めるなよ、タク。オレは1人でも行くからな」
「誰が止めるかよ」
 タクのその言葉に、ユーリが振り返った。
「付き合うぜ」
 すっと右手を顔の前に出すタク。ユーリの右手がパンッとタクの右手の手のひらを叩いた。
「全く……格好付けやがって」
 苦笑するユーリ。それに対してタクはふっと笑った。
「ダンディだからな」

 その後、話を聞き付けた者が2人に協力を申し出て……現在に至る。
 さあ、新年最初の一暴れといこうじゃないか。
シナリオ傾向 捜査:5(5段階評価)
参加PC タスク・ディル
あぶれる刑事 ―鎮魂―
●廃工場前にて
 廃工場とその周辺は静かなものだ。廃工場の中からも大きな物音は聞こえてこない。誰か居るとしても、何かしら作業なりを伴うような行動はしていないようである。
「……誰かやってくるような気配もないね」
 タクとユーリの所へ戻ってきたタスク・ディルが2人へ伝える。この廃工場へ至る道をチェックしてきたのだ。
「てことは、中に居る奴らが全員と考えてよさそうだな」
 タスクの報告からそう結論付けるユーリ。様子を窺っている限り、見回りを行っているようにも見受けられない。殺された情報屋の最後の電話の内容を考えても、人数は少なめだと思われる。
「ああ。だが油断禁物だ。お前も見たろ、あの遺体の状況を」
 とタクがユーリに言う。情報屋の遺体は暴行を受けた上に、喉を掻き切られていた。その切り口は鮮やかなもので、刃物を使い慣れているように感じられた。少なくとも相手方に1人は手練が居るという証でもある。
「今度は、ソアルでか……全く何て奴らだ」
 ぼそりとつぶやくタスク。ソアルで何か相談しているのだ、ソアルで事を起こすのだろうと考えるのは自然なことである。が、ユーリがタスクに言った。
「ソアルばかりとは限らない。ビルシャスだって似たようなもんだ」
 分かっているのは正月早々に事を起こすつもりであること。それがどこであるのか、情報屋にはユーリにそのことを伝える余裕がなかったのが悔やまれる。
「この工場、元は何の工場だったのさ?」
 廃工場に目を向けたタスクが2人へ尋ねた。それによって、廃工場内での危険性も変わってくるのだから、当然な質問であった。
「セーターとか作ってた工場らしい。経営者が不渡り出して失踪、倒産。機械なんかもあらかた差し押さえられて持ち出されたそうだ」
 答えたのはタク。ということは、危険物が元から存在している可能性は非常に低いし、それなりに空間もありそうだ。
「タク」
 ユーリがタクの名を呼び、顎で廃工場を指し示した。そろそろ踏み込もうと言ってるのだ。
「ああ」
 短く答えるタク。タスクも異論はない。静かに廃工場入口まで移動する3人。移動した所でユーリがタスクに尋ねた。
「……動きにくくねーか?」
 タスクの今日の格好は、全体的にだぼっとした印象のある服装。防寒のためか裾の長いコートを着ていたりして、ちょっとした大きさの物の1つや2つは優に隠すことが出来そうであった。
「そうでもないさ」
 しれっと答えるタスク。本人が大丈夫と言っているのだからそれ以上追求することもないだろう。ユーリは『そうか、ならいいけど』と返しただけだった。
「俺たちはこのまま正面から行くが……」
 タクがタスクへ尋ねた。一緒に行くかどうか聞いているのだ。
「他に入れる所がないか探してみるよ」
 どうやらタスクは2人とは分かれ、別行動するつもりのようだ。
「気を付けろよ」
「そっちこそ」
 互いにそう言葉を交わすタクとタスク。そしてタスクは2人から静かに離れていった。

●待ち受けるはテロリストたち
 2人から離れたタスクは廃工場の裏手の方へ向かって慎重に歩いていた。前方から誰か来る気配はない。
(この窓はどうかな)
 廃工場の壁にぴたりと背中をつけ、そっと窓に手をかけるタスク。軽く押してみるが窓はびくとも動かない。中から鍵がかかった状態だ。
 同じことを場所を変えて何度も行ってみる。何度目かの時にようやくすっ……と開く窓があった。タスクはその窓から廃工場内に侵入を果たした。
(開いていた……いや、開けてあったのかもしれないな)
 窓ガラスが壊されている訳でもなく、都合よくここだけ鍵がかかっていないとはタスクには思えなかった。恐らくは逃走ルートの確保のために、ここだけわざと開けてあったに違いない。
 タスクは侵入するとすぐに人化を解いた。こうなれば普通の武器はタスクには効かない。もっとも相手が神魔に効果ある武器を所有していたり、魔属やグレゴールなどであったなら話は別だけれども。
(さて、どこに居るのか……)
 敵の捜索のため、タスクはニードルアンテナを召喚した。これで五感の能力を高め、探しやすくしようというのだ。
 そうやって慎重に廃工場内の捜索を開始するタスク。人化解除、およびニードルアンテナの効果もあって、そう時間のかからぬ間に人の話し声をキャッチすることが出来た。すぐに声の聞こえる方へ向かう。じきに中から光の漏れる部屋が見付かった。扉はなかったので、タスクもすんなり入り込むことが出来た。
 そこは周囲に大量の段ボール箱が置かれている部屋であった。中央の空間にはランプを囲んで6人の男の姿があった。タスクは積み上げられた段ボール箱の陰に隠れ、男たちの話を注意深く聞いた。
「諸君。いよいよ決行の時が来た。情報提供者によると、ターゲットが現れるのは3日ということだ」
 年長のリーダー格らしい男が他の5人に向かって話している。
「我々の行動には一般大衆の犠牲を伴い、非難も起こるだろう。だがそれは、我々の未来のための尊い犠牲なのである! 諸君らはこれから起こりうる世間の非難など何ら恐れることなく、各人の使命を懸命に果たしてもらいたい!!」
 ……典型的なテロリストの論理である。自分たちの行動こそ正しいものであり、全ては正当化されると思い込んでしまっている。そんなことをしても、彼ら言う所の一般大衆は何ら評価も理解もしないというのに。
「おっと、それは無理な話だな」
「その先の話は、署の方でゆーっくり聞かせてもらいたいな……殺人の件も含めて、話してもらうぜ」
 その時だった。6人の前に拳銃を構えたタクとユーリが現れたのは。様子を窺うと、ちょうどタスクの反対側の位置に立っていた。
「政府の犬か!!」
 リーダー格の男がタクとユーリを睨み付ける。だが2人はそんなもの意に介さず言葉を続ける。
「あいにくだ、犬は犬でも俺たちはドーベルマンなんでな」
「タク、スピッツじゃないの? 可愛らしさもアピール出来るぜ」
 タクの言葉を聞いてユーリがそう言った。その会話を聞いていたタスクは相変わらずだと、呆れはしなかったが思った。
「とりあえず、立ってもらおうか。妙な真似するなよ」
 銃口を向けたままタクがリーダー格の男に言う。6人は無言で立ち上がると、タクとユーリに背を向けた。つまりタスクの方に6人の顔が向くような形となる。
「はい、そのままばんざーい」
 ユーリが6人に両手を上げるよう促した。リーダー格の男を含む3人がゆっくりと手を上げようとしている時――タスクの目に映った光景があった。残る3人の手に、デヴァステイターが召喚されていたのだ……。
「危ない!!」
 タスクは思わず叫んでいた。その声にはっとしたタスクとユーリは左右に転がるように分かれた。次の瞬間、タスクは段ボール箱の陰から飛び出し、右腕を横薙ぎに振った。半透明の扇状の魔弾がデヴァステイターを手にした男たちへ放たれる。ダークフォース・旋風弾である。
「うっ!」
「あっ!」
「くっ!」
 今まさに振り返りタクとユーリが居た所へデヴァステイターを撃とうとしていた男たちは、そのタスクの攻撃によって不意を突かれて、いずれもあらぬ方向へ撃ち放ってしまった。
 そこへ段ボール箱の陰に隠れたタクとユーリの撃った弾丸が今の男たち3人へ襲いかかった。足を狙ったその弾丸は見事に命中、3人の男たちはその場へ転倒してしまった。
「リーダー、逃げてください! ここは自分が!!」
 と1人の男が言い放ち、タスクの方へ迫ってくる。リーダー格の男を含む2人は、即座にディフレクトウォールを召喚するとその場から脱出を試みた。
「タク!」
「オーケー、ユーリ!」
 逃げてゆくリーダー格の男を含む2人へ向かって、揃って拳銃を撃つあぶれる刑事たち。しかし弾丸はディフレクトウォールによって防御され、何ら効果を及ぼさなかった。
 タスクはタスクで目の前に敵の男が迫っているので、それを何とかしなければならなかった。何しろ両手には各々雷神の短刀を握り締めているのだから……!!
「死ね!!」
 敵の男は両方の雷神の短刀を交互にタスクに向けて繰り出してきた。確実に喉を狙って。こいつが情報屋を殺した犯人であることは、これで間違いないだろう。
 それに対しタスクはニードルアンテナで牽制しつつ、やはり手にしている雷神の短刀で繰り出される相手の攻撃を払い除けてゆく。ニードルアンテナで五感能力が向上していることもあって、タスクは相手の攻撃をかわし続けていた。
 段ボール箱を薙ぎ倒しつつ続くタスクと敵の男の激しい近接戦闘。こんなに激しい戦闘はタスクにとって、先の戦争中以来のことかもしれなかった。戦闘はニードルアンテナが効いたか、じわじわとタスクが敵にダメージを蓄積させていっていた。
 やがてタクがタスクに向けて言った。
「伏せろ!!」
 その声に反射的に身を屈めるタスク。次の瞬間、タクとユーリの拳銃が火を吹いていた。狙いは違わず、タスクの目の前の男の眉間。
「ぐあっ!!」
 弾丸の衝撃で目を見開き、そのまま真後ろへ倒れてゆく敵の男。そして男はそのまま動かなくなった。
「正当防衛だよな」
「当然だろ」
 ユーリとタクは顔を見合わせることなく言い放った――。

●1つの区切り、1つの始まり
「爆弾は無事回収だ。それも2個」
 タクがユーリとタスクの所へ戻ってきてそう伝えた。
 時間はあれから2時間は経っていただろうか。残る3人が降伏後、タクはソアル署に連絡して応援と非常線配備を要請した。そして今、である。
「それで全部かい?」
「ああ。奴ら最初から2個しかなかったと言ってるらしい。別々に聞いたから、それで間違いないだろ」
 タスクの質問に答えるタク。これで回収出来た爆弾は合わせて11個。10個前後作ったという証言とも一致している。別の意味でもこれで全部であろう。
「ま、これで3日の最悪の事態は避けられた訳か」
 と言ったのはユーリだ。応援が到着するまでに、3人の男に3日に何をやろうとしていたのか聞き出したのだ。ちなみにその際、拳銃を突き付けていたことはここだけの秘密である。
「ビルシャスの『佐津姫神社』だっけ? 狙っていたのは」
 タスクが確認するように言う。
「ああ。黒山三郎を狙ってな」
 頷きながらタクが言った。黒山三郎はパトモス国議会の人類派議員である。調べてみると確かに3日には『佐津姫神社』へ黒山は参拝に来る予定となっていた。つまりは規制を強めようとしている黒山に対し、不満を持ったテロリスト魔皇が殺害を企てたというのが今回の事件である。
「2人逃げられたが……爆弾を失った以上、そう大きなことも出来ないだろ。3日に警備する奴らは大変だろうけどな」
 そうタクが言った。きっと3日の『佐津姫神社』の警備はさらに厳重になっていることだろう。
「敵も取れたしな……」
 ぽつりとユーリがつぶやいた。殺された情報屋のことを思い出しているのだろう。
「…………」
 タスクは無言でタクとユーリを交互に見ていた。
(ばれちゃったなあ……)
 この2人には魔皇であることを秘密にしようとタスクは思っていたのだが、結局ばれてしまった。だがあの時はああしなければ、2人の生命だって定かではなかった。なので、魔皇であるとばれたことを後悔はしていない。
「と、そうだ」
 タクが思い出したようにタスクへ言った。
「後で事情聞かれると思うが、とぼけろよ」
「え?」
 思わず聞き返すタスク。
「あー、そうだよな、タク。俺たちは何も見てないしなー。こいつは特に何もしてなかった、と」
 うんうんと頷くユーリ。それで何のことか、タスクも気付いた。魔の力を使ったことをとぼけろと言っているのだと。ここはソアル、正当防衛とはいえ使用したことがばれると罰せられる可能性が強いのだから。
「……分かったよ。じゃあ無理矢理連れてこられたことにしとこうかな」
「てめ、そこまで言えとは言ってないだろ」
 タスクの冗談にむきになって突っかかるユーリ。その姿をタクが苦笑して見ていた。
 こうして新年最初の事件は終わった。しかし、逃げた2人がその日配置された非常線に引っかかったという話は――残念ながらない。

【了】