●まずは新年のご挨拶
「先輩、会長、明けましておめでとうございます☆」
逢魔・クリスクリスは『佐津姫神社』前にすでに集っていた一同に新年の挨拶をした。そこに居たのは神魔人学園世界制服同好会の会長・高野真里を筆頭に、白山亜美、サナ・カスケード、そして生徒会長の道真神楽の4人である。これから一緒に参拝をするのだ。何でもこの日なら神楽の都合もよかったらしい。
「明けましておめでとう、今年もよろしくね」
まずは真里が挨拶を返す。
「明けましておめでとうございます。今年もどうぞよろしくお願いいたします」
にっこり微笑み、ぺこりと頭を下げる神楽。
「ハッピーニューイヤー♪」
にこにこ笑顔のサナ。
「今年も世界制服同好会をよろしくお願いいたします」
年が明けても相変わらずな様子の亜美。まさに四者四様である。
「わぁ……みんな晴れ着に気合い入ってるね♪」
クリスクリスは4人の姿を何度も見返して感嘆する。神楽が飛び抜けていてよい晴れ着を、他3人もそれなりによい晴れ着を着ていた。
「そっちこそきちんと晴れ着を着こなしているじゃない」
クリスクリスの晴れ着姿を見て真里が言った。確かに真里が言うように、クリスクリスの着付けはしっかりとなっていた。5人の中で順序をつけるなら、やはりトップの神楽に次ぐ綺麗さではないだろうか。
「あ、あはは……」
褒められたのに何故か視線を外すクリスクリス。明らかに後ろめたい時の行動である。その時、新たに女性の声が聞こえてきた。
「それはわたしが着付けしたからな」
「えっと……監視付きになっちゃった」
てへ、と笑ってごまかすクリスクリス。声の主はチリュウ・ミカ、クリスクリスの魔皇……というか保護者というか。
少し時間を遡って説明しよう。出かける前に、クリスクリスがミカに着付けを懇願してきたのである。皆と一緒出来るから、晴れ着でアピールしたいと言ってきたのだ。
それで懸命にミカはクリスクリスの着付けをしてあげた。和服はしゅっとした立ち姿が美しいので、そうなるようにだ。そもそも着付けを覚えたのも、クリスクリスとの初めての正月のためだったのだし。
まあ……クリスクリスが余計な一言を言って、思いっきり帯をきつく締められたのは内緒である。出る所が出ていても、そんなことは誰かさんの前では決して言ってはいけない。
ともあれ着付けを終えたミカは、せっかくの晴れ着を汚されたら大変だということでついてきたという訳である。
「そのお気持ちは大変よく理解出来ます」
亜美がミカを見てこくこくと頷いた。しかし、ミカには別の理由もあった。
(神楽が来るなら子供たちだけではちと不安だし……)
何かあった時が怖いと思ったのだ。それはあながち外れてはいないようで、警備の物々しさがミカの不安を裏付けているような気さえしてくるから不思議だ。
で、先の理由と合わせてミカだけは普通に洋装で初詣にやってきたのであった。
「早く行きましょう。おみくじが楽しみです♪」
にこにこ笑顔で言うサナ。よほどおみくじが待ち遠しかったのかもしれない。その言葉にクリスクリスは大きく何度も頷いた。
「うん、そうだね。今年こそ恋愛大吉のおみくじ引こうね☆」
あー、もしもし、クリスクリスさん? 鼻息が荒いですよ?
●悔やんでも悔やみ切れない
(残念だ)
拝殿への参道を歩いていたキョー・クールの胸に、冷たい風が吹いていた。てっきり誰か女の子なりと一緒に来ているのかと思いきや、何と1人きりである。
(返す返す残念だよ)
そのキョーの足取りは、お世辞にも軽いとは言えない。それにはもちろん理由があった。
まず1つ目の理由。昨年の大晦日(と言ってもほんの3日前であるのだが)に行われた警察学校の卒業式に所用で立ち会えなかったことがあった。これはキョーとしては一生の不覚であった。
そこでこの新年、初詣がてらキョーの可愛い生徒(卒業生)たちを誘おうとしてみたのだ。だがしかし、卒業式翌日には配置されてさっそく初詣の警備なりに駆り出されており捕まらない。これが2つ目の理由。
(僕としたことが)
機会を逃したことは本当に悔やまれる。機会を逃していなければ……!
(セクハラ出来る機会をみすみす逃してしまうなんて!!)
ぐっとこぶしを握るキョー。やっぱりそっちの機会かい!!
だがしかし、まだキョーは気付いていなかった。さっそく初詣の警備なりに駆り出されているということは、この『佐津姫神社』の警備にも駆り出されている卒業生が居るかもしれないということに……。
●通り道には誘惑がいっぱい
参道を歩いてゆくミカ率いる(ということになってしまった)晴れ着軍団。クリスクリスはさっそく出店に心奪われているようで。
「あっ、わたあめ発見! こっちはたこ焼き! わぁ……チョコバナナも美味しいよね☆」
瞬く間に3つですかい、クリスクリスさん。
「うーんうーん、目移りしちゃうな……」
悩むクリスクリスは、すすっと神楽のすぐそばへ。
「神楽会長は何がいい?」
「私ですの? そう言われると悩みますわ……」
クリスクリスから突然話を振られて神楽は困惑しているようだった。そこにミカが助け舟を出す。
「はいはい。クリス、買い食いはお参りの後で。あと神楽に迷惑かけないよーに」
ぽむ、とクリスクリスの頭にミカは手を乗せた。
「はーい、ミカ姉」
素直に返事するクリスクリス。これで1回落ち着くが、少し行くとまた再発。
「フライドポテトあるよ!! ん〜、焼そばのソースのいい香り〜。唐揚げも美味しそうだよねー♪」
「クーリースー」
「はーい、分かってまーす」
また落ち着くが、クリスクリスは三度同じ状態に。
「りんごあめ! お好み焼きもあるっ!」
と、先に何の出店かに目が行ってしまったクリスクリスだったが、ふとあることに気付く。
「あれ? 売り子さん見たことあるような……気のせいかな……?」
などと言いながらとことことお好み焼きとりんごあめの出店へ近付いてゆく。神楽の手を引っ張りながら。
「だから神楽に迷惑かけないよーにって……」
苦笑しつつも追いかけるミカ。もちろん真里たちも一緒である。
お好み焼きとりんごあめの出店には、知っている男女の顔があった。出店と出店の間にはミニ獅子舞まで居たりする。
「あ、気のせいじゃなかったんだ!」
驚いたように言ったクリスクリスに対し、男はにっこり笑った。
「1ついかがですか? せっかくですから大盛りサービスしますよ」
「サービスしてくれるって!!」
男の言葉に喜び、ミカの方へ振り返るクリスクリス。だがミカはやんわりと窘める。
「さっきも言ったろう? 買い食いはお参りの後でって」
「はーい」
「じゃあまた後で」
ミカはぺこりと頭を下げてそう言い残し、皆を連れて拝殿の方へ向かっていった。
●願い事は何ですか
さて拝殿の前に来た時に、ふと思い出したようにクリスクリスがつぶやいた。
「あ。ところで『佐津姫神社』って何の神様なんだろ? 神楽会長は知ってる?」
首を傾げながら神楽を見るクリスクリス。すると神楽はこう教えてくれた。
「『佐津姫神社』は天照大神を祭っているのですわ」
「へー、よく知ってるね?」
「本で読みましたの」
にこっと笑顔を見せる神楽。
「アマテラス……?」
「日本神話の、太陽を神格化した女神と言われています」
分からないのか首を傾げるサナに、亜美が教える。
「ちなみに、月を神格化した神様も居るのよ」
とは真里の付け加え。なるほどとサナは感心していた。
そしていよいよ参拝。二礼二拍手して願い事をし、最後に一礼。各人熱心に願っているようである。
まず、クリスクリスの願い事を覗いてみよう。
(今年も先輩や会長さんと、仲良く楽しく過ごせますように。えっと、それから……先輩がちゃんと高等部卒業出来ますように。たくさんの素敵な……出来ればカッコイイ男子との出会い希望でっす)
……これはまたたくさんな願い事を。ただ順番に叶ってゆくと仮定したら、最後の願い事が叶うのはだいぶ後か、それとも叶わないまままた来年ということになりそうなのは気のせいだろうか。
(今年も【日向】の皆が健やかでありますように)
シンプルにまとめたこの願い事はミカのものだった。これは結構叶いそうな気がする。
参拝が終わると、何を願ったか聞いたりするのは常である。
「真里先輩は何願ったんですか?」
「今年もコスプレの1年になりますように!」
クリスクリスの質問に即答する真里。さすがは世界制服同好会の会長だ。
「神楽会長は〜?」
「皆で仲良くしましょう……と」
笑顔で答える神楽。ああ……何かまぶしいですよ、神楽さん。
「私は同好会の繁栄を」
「わたくしは真里様の健康を」
相次いで答える亜美とサナ。やっぱり願い事にも個性ってあるらしい。
●おみくじバトル!
で、いよいよメインイベント。おみくじだ。
「お守りも買ったし、いよいよメインイベントのおみくじで勝負だよ!」
そう熱く言い放つクリスクリスの背後で『ゴゴゴゴゴ……』という効果音がついているように思えるのは、きっと気のせいに違いない。
クリスクリスはこぶしを突き上げて言った。
「今年こそ目指せ恋愛ウィナー!」
しーん。
「目指せ恋愛ウィナー!」
しーーーん。
「恋愛ウィナー!!」
しーーーーーん。
「ごめんなさい、合いの手を入れてください……」
あ、泣きついた。
「ウィナー!!!」
「「「「「おー!」」」」」
ようやく合いの手も入り、かくして各人順番におみくじを引いてゆく。
「吉ね」
最初に引いたのは真里だった。可もなく不可もなくという感じか。
「同じく吉です」
続いて亜美。真里と同じである。
「凶と書いてます。でもこれ以上落ちないってことですね♪」
サナは凶が出たもののポジティブである。
「中吉ですわ」
これは神楽。ここまでの中では一番運がいいようだ。
「うーん、吉か」
少し残念そうにミカが言った。そして残るクリスクリスだが……。
「やった、中吉!」
おっと神楽と肩を並べましたか。さて、気になる恋愛運を見てみよう。
「……欲張ると悪し?」
「クリス、あれこれ願うと叶わないということだ」
しれっとクリスクリスに言い放つミカ。ではここで先程の願い事を一部ピックアップしてみよう。
『たくさんの素敵な……出来ればカッコイイ男子との出会い希望でっす』
ああ、こりゃいけませんな。完璧に欲張ってるじゃないですか。
「……試合に勝って勝負に負けた気分かも……」
それ言い得て妙です、クリスクリスさん。
ともあれおみくじも引いたことだし、先程の出店まで戻る一行。その途中、神社の人間2人に両腕をかっちりつかまれて社務所の方へ引っ張られてゆく、何故か胸元の開いた巫女服姿の明菜と擦れ違った。
「あ、あのー……そのー……たーすーけーてー……!」
(いったい何を……?)
明菜を見送ったミカの頭上に大きな『?』が浮かんでいた。
参拝に来ていた議員が狙われるという事件が起きたのは、それから少し後の出来事であった。幸いにも一行や、事件関係者その他の犠牲や被害は出なかったけれども――。
●大切なのは触れ合いなのさ(Byキョー・クール)
「頑張っている姿を見ることが出来て嬉しかったよ」
夕方、キョーは数人の女性警官に向かってそう話していた。ビルシャス署の制服に身を包んだ者も居れば、GDHPの制服に身を包んだ者も居る。
議員が狙われるという事件の混乱の最中に、キョーは卒業生の姿を見付けたのである。可愛い教え子たちは、卒業数日にしてもう立派に警察官として歩き始めていたのだ。
「ありがとうございます、先生!」
1人の女性警官がキョーに向かって敬礼をすると、他の皆も揃って敬礼をした。彼女たちは混乱の最中も、逃げようとする一般参拝客を安全に誘導しようと頑張っていた。その姿はとても美しいとキョーには感じられた。
「ああ、ちょっと待っていて」
キョーは女性警官たちをその場に待たせると、お守りを買って戻ってきた。そうして1人に1つずつしっかりと手渡してゆく。触れ合う手と手。
「先生、これは……」
「僕が初めて手がけた教え子たちへの、ほんの記念さ」
ふっと笑みを浮かべてキョーは答えた。と、突然感極まった1人の女性警官がキョーに抱きついてきた。
「先生本当にありがとうございます! これから肌身離さずつけますね!!」
「うん、うん……これからも今の気持ちを忘れずに頑張ってほしい」
ぽんぽんと女性警官の背中を撫でてあげるキョー。制服越しに女性警官の体温が伝わってくる。
そしてキョーは彼女たちと別れ、拝殿に参拝する。
(彼女たちが立派な婦警になれますように……)
おや、立派な願い事ではないですか。
(そして……)
そして? まだ続きがあるんですか?
(またセクハラ出来る機会に恵まれますように)
やっぱりかーっ!!
いやまあ、キョーさんらしいといえばらしいんですけれども、ええ。
参拝を終えると、お約束のようにおみくじを引いてみる。さて、キョーの今年の運勢はいかに?
「ふむ、大吉か……」
これはいい運勢である。キョーは全体運に目を転じてみた。記されていたのは次の言葉。
『人との触れ合いこそ吉』
「僕の理論は完璧だ!!」
思わずキョーは叫んでいた。何というか……まさにキョーのためにあるような言葉だった。
(よし、なら今度、上に現場への激励も兼ねて生徒たちのその後を見学させてほしいと頼んでみよう。新たな訓練生たちに見せるというのもいいかもしれないね……)
キョーの心の中に、ふつふつと沸き上がってくるものがあった――。
【了】
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