■Battlefield of Chaos〜破滅の歌〜■
商品名 アクスディアEX・デビルズネットワーク クリエーター名 緋翊
オープニング
 ―――動乱の地、北海道。

 既に日本国北海道とパトモスの二大勢力が戦争を始めて、長き時が経過した。
 小競り合いの数々が徐々に大規模な戦に繋がり、先刻はついに互いが互いの懐に入り込み激戦を繰り広げるという状況さえ訪れた。

 そして―――両軍が戦略上重要と考える要所、青函トンネル。
 その、北海道側の入り口をも確保しようと、ついにパトモス側が動いたのである。

 当然、日本国側も戦力を集中して迎え撃つが……しかしパトモスの本気は、戦場に大量投入された精鋭・ミチザネ特務軍の数からも知れた。

 虎の子の特務軍を最大限利用し、攻めに攻めるパトモス軍。
 青函トンネルは確かに要所だが、しかし奥地で着々と戦力を蓄えている日本国である。
 おそらくあと数日で、日本国は奥地へ撤退。パトモス側の戦線を延ばし、研いだ牙で大反抗作戦に出る…………筈で、あった。


 ……状況が逆転したのは、そのような意見が出始めた二日後のことである。


「よし……特務軍、前へ! 一気に敵戦力を潰すぞ!」
「「了解!」」
 各所で、パトモス軍の前進と日本国の後退が目立ち始めていた戦場。
 叫んだ彼等も、前進できることを確信していたに違いない。
 ―――だが。
「……成程。パトモスの狗にしては、悪くない」
「!?」
 勢いに乗り、突撃を繰り返していたパトモス軍を止めたのは。
「隊長、敵増援……数は……たった一機ですが……!」
「あ…れは……」
「遅い。指揮官の失態だな」
「がっ!?」

 ―――ひたすらに無垢な白。
 ―――通常のネフィリムを圧倒する、流麗で巨大なフォルム。
 ―――だが、ひとたび動けば通常のネフィリムを圧倒する機動で全てを薙ぎ払う。

「これは……ヴァ、ヴァーチャー級!?」
「敵は、一個大隊といったところか―――まぁ、やれるだろう」
「た、隊長、指示を!? 既に二個小隊が全滅、敵が早過ぎて捕捉できま、」
「――やらせんよ。この混乱は利用させて貰う」
 そう。
 戦場に現れたのは、ヴァーチャーと呼称される特別なネフィリム。
 それも――。
「さあ、逃げ惑えパトモスの狗よ! 我等が土地を侵したのだ、相応の覚悟はあるのだろう?」
「い、井上将軍……!?」
「同胞たちよ、屈するな! 諸君等の道は――この“聖凱機”が切り開くぞッ!!」
「「お、おおおおおおお!!!」」

 そう……それは、日本国北海道陸将、井上・怜。
 普通ならば決して前線に出ない最高クラスの軍人が駆る、『聖凱』を装備した力天使だったのだ。
「引き際を誤れば、いかにこの強化ヴァーチャーといえど持たんだろうが……ふむ、まさか本当に一個大隊を倒せるとはな。研究部の者達も、たまには役に立つ」
 機体を操りながら、井上は嗤う。
 自分は……これではまるで、御伽噺の中の英雄ではないか?
「ククク……退けぬ。退けぬよなぁ。成程、確かに我等も、暗き闇がある………だがそれは、パトモス。貴様等とて同じだろう? ……そう。絶対の正義が存在しない以上、結局は勝者の論理が優先されるのだ」
 その呟きは、おそらく戦場の誰にも聞こえることは無かっただろう。
 ―――だが。
「さぁ、パトモスの狗共よ……この私を否定したければ力で捻じ伏せろ! 日本国陸将、井上・怜は逃げも隠れもせんぞ―――!!」

 ……事実として、この機体の出撃と共に日本国は士気を回復。
 慣れぬ地での連戦で疲弊するパトモス軍は、瞬く間に敗北を続けることになる―――。




 皆様、こんにちは。サーチャーのリクロームです。
 この度は北海道侵攻作戦の一環として、魔皇の皆様にも協力が求められています。
 実は着実に敵を追い詰めていた一大作戦、青函トンネル奪還なのですが……敵に突如、『聖凱』を装備した力天使が現れ我が軍を圧倒し始めました……!
 現在全力で迎撃していますが、敵の卓越した士気能力と戦闘能力に戦況は五分五分にまで回復されてしまっているのが現状です。
 所詮は単機、時間をかければ流石に倒せるでしょうが……後のことを考えれば、損害は当然少ないほうが良い。そこで、こちらも戦闘能力に特化した特別機体を用意することにしました。

 今回皆様には、特別にチューンされた特務軍ゼカリアに――軍人でない方がゼカリア乗ることは特例中の特例ですが――搭乗して頂きます。これは先日の戦闘で鹵獲した『聖凱』機の技術を流用し、更に耐久性を考えず一回の戦闘をこなすことだけに焦点を当てた決戦用機体です。おそらく一度戦闘をしただけで機体はスクラップになるでしょうが……代わりに、イレイザー殲機をさえ越える圧倒的な性能が約束されています。

 ……現在、我が軍は死力を振り絞り敵ヴァーチャーを迎撃しています。
 彼等と皆様の共同攻撃が失敗に終われば、いよいよ我が軍は一時撤退を考えねばなりません。

 勿論、これは危険な任務ですので強制はしません。
ですが……今も戦う同胞の命を救うため、どうか力をお貸し下さい……!
シナリオ傾向 シリアス、戦闘系、北海道侵攻作戦
参加PC 月村・心
天剣・神紅鵺
タスク・ディル
真田・浩之
幾瀬・楼
佐嶋・真樹
サラ・ロセッティーヌ
Battlefield of Chaos〜破滅の歌〜




1/
 激動の地、青函トンネル周辺部。
 戦略上の重要拠点と目されている其処では、現在、暴力の嵐が吹き荒れていた。

「…これで何機目かな?」

 力を失って崩れ落ちるゼカリア達を見ながら、日本国北海道陸将、井上・怜は――ヴァーチャーを疾駆させる。

 本当に、もう何回敵を屠ったことだろう。
 幾多の惨劇を演出してきたソレは、しかし―――ついに、その暴力の蹂躙を止める。
 …なんとなれば。

「井上将軍! 敵の増援が高速でこちらに――」
「…遅いな。その報告は?」
 部下の叫びに返答して、彼は同時に高速で離脱する。
 どういうことです、と首を傾げた部下は、一瞬後に高出力のビーム砲で撃墜された。

「さすがに、すぐに殲騎みたいに動かせないか…この機体に少しでも慣れないと」

 それは――決戦用ゼカリア【レリエル】に搭乗したタスク・ディルの一撃だ。
 装備の出力に感嘆しながら、彼は落ち着いて射撃する……。

「…この威力、本当にゼカリアか…?」
「ああ――正真正銘、パトモスの機体だ!」
 瞠目する怜は、しかし観察する暇も無い。
 何故なら、タスクの射撃で乱れた陣形の隙を突くように――サラ・ロセッティーヌと月村・心のレリエルが、高速で自分の機体へ肉薄してきたからだ。
「この作戦は必ず成功させなければならん。その為の障害は全力で排除するのみ…!」
「そういうことだ…行くぞ、ヴァーチャー!」
 サラのアサルトライフルが的確に怜の機体を牽制し、心の機体がセイバーロッドでヴァーチャーに襲い掛かる!
(速いな!)
 怜は心の中で、漆黒のゼカリアに賛辞を送った。

 彼らは自機と――渡り合うだけの実力を保有しているのか!

 そして――。
「全軍、高度100を維持、砲にチャージ開始!魔皇どもにいいとこ持ってかせるな! 一斉射…てぇッ!」
「!」
 幾瀬・楼の指揮するゼカリア隊の集中砲火が降り注いだ。
 統率された火線が怜の周辺を襲い――混乱が広がる。

「…あんな大喰らいを出してくるなんざ、向こうもよっぽどだぁね」
「トンネルと沿岸に橋頭堡を築かれれば、日本も後が無いからな」
「日本とパトモスねぇ。とにかく、教え子を痛めつけられたのは許せんね」
「お前が生徒たちに愛情を持つようになるとは、分からんものだ。大分、鬼子母神的だがな」
「うっせ!」

 そう、逢魔の宇明と会話する彼女はレリエルに搭乗していない。
 代わりに、彼女の指揮下にあるゼカリア隊には、「二機」のレリエルが配置されていた。

「…厄介な敵だな」
 舌打ちしながら心とサラの攻撃を捌く怜は、しかし焦燥は覚えない。
 何故なら――。

「…そういうことでな。やれるか?」
「あぁ、任された」

 イレギュラへの対策は、既に成していたのである。
「さて――位置エネルギーと運動エネルギーだけは勝っているのでな。それを活かすとしよう」
 遥か天空から呟いたのは、天剣・神紅鵺だった。
 そして次の瞬間、彼のアヴェンジャー改、及び玖参式百足砲改が――破壊の雨を地上へ振りまく!
「ク…」
 穿たれる地上を見て――天剣の口は思わず嗤う。
 …だが。

「大概にしておけ、逆賊が」

 高速で天空へと迫る影を認めて、天剣は一瞬だけ瞠目した。
 その速度は――尋常ではない。
「補足したぞ」
「貴様、最初から私狙いか――!」
 それは、佐嶋・真樹の殲機だった。
 彼女は的確に天剣の機体を捉え、ショルダーキャノンの一撃を放つ――。
 だが。

「…速いだけでなく頑丈でもあるのだよ。無礼るなよ、パトモスの走狗」

 天剣はそれを、『聖凱』の装甲で受け止めていた。

 先の戦闘で功績を挙げた彼は、戦に先立って『聖凱』の余剰パーツを強化に当てることを許されたのだ――。
「…まぁ、所詮私は傭兵だ。実のところ、些少の強化ではあるが…しぶといぞ?」
「黙れ、俗物め」
 両者が睨み合っていたのは一瞬で。
 これで――天空の地で舞う殲機は、二機と成った。



2/
「…そろそろ、始まったか」

 薄暗い部屋の中に――。
 憂いか、怒りか、或いはその両者を含んだ声が響き渡った。
「イルイ…」
「…ああ」
 その声を発したのは、真田・浩之と云う名の魔皇。
 彼が相棒たる逢魔・イルイに視線をやると、彼女は頷きを返す。
「今回、俺たちは裏方だ――北海道穏健派、それとパトモス議会穏健派への連絡は?」
「問題ない。既に手配している」
 淀みないイルイの声に、そうか、と返す。

「…さて」
 そして彼は、二つの足音を聞く。
 それは、敵だった者の足音で――。

「…最後にもう一度、話をさせてくれ」
「…」

 彼は、真田・浩之は。
 戦乱の最中、彼なりの方法で、道を進んでいた。



3/
 その頃、戦闘は激化の一途を辿っていた。
「しかし、ヴァーチャー級…しかも強化型か…相手にとって不足無し!最初から全力でゆくぞ!」
「サラ様を…やらせはしない!」
 怜のヴァーチャーに直接攻撃を仕掛けるサラは、逢魔・アレックスの紡ぐ<輝慰癒>の癒しに力強く頷いて――突撃してくる敵機にセイバーロッドで対抗する!
「――例え敵が何であろうと、負ける訳にはいかんのだ!!」
「ほう…!」

 それは、軍人としての矜持。
「敵」に対して一歩も退きはしないという、サラの覚悟。

「ならば口だけでなく、現実にも示してみろッ――<石像聴言>!」
 将として、口の端に好戦的な笑みを浮かべて怜がSFを発動させる。
「<常聖浄閃>…!」
 瞬時に察知したサラは脳内で最適の行動をシミュレート。
 凛とした声で<常聖浄閃>を発動させ、即座に距離を取る!

「ク、良い反応だ…それでこそ、私の前に立つ資格がある!」
「――そうかい!」
 雄々しくサラへの賛辞を送る怜は、しかし休む暇も無い。
 何故なら――既に背後から、心が急接近してきていたのだ。

「ふん…まさかパトモスに、これだけの猛者がいるとはな?」
 凄まじい速度で迫るセイバーロッドに、両手剣で対抗しながら怜は叫ぶ。
「…例えどれほど強くとも、指揮官が第一線で出てくる軍隊など既に負けを認めているのと同じで、無様だな?」
「…ク。あぁ、陸将自らが出陣する――これがどれだけのイレギュラーかは、私も判っているさ」
 激情を感じさせる攻撃とは対照的に、心の言葉は冷静だった。
 ……それは、真実の指摘。
「だがな――戦う同胞が居る限り、それを見捨てることなどできるものか。私が前線に出ることで同胞の負担が減るというのなら―――私はこの機体で戦い続ける!」
「…そうか。貴様がそう言うなら、決死の覚悟で挑む相手に全力で挑まない訳にはいくまい」
 鋭い連撃を放つ怜の、嘘も誇張も無い主張。
 むしろ泥臭い部類に入る正直な言葉に、心は頷いた。

「いいだろう、俺もパトモス軍兵士ではなく、只の一己の戦士として全ての力でお前に挑む!」
「その心意気や良し――!」

 激突。
 サラと連携し、心が怜のヴァーチャーに対抗し――。

「――そこだ」
「!」
 更に、タスクの攻撃がそれをサポートする。
(またか…!)
 実のところ、その射撃は既に何度も行われていたものだ。
 怜は舌打ちする。高威力の4連ビームキャノンは、楼の隊が繰り出す二機のレリエルのものだけで驚異的だが――なにより、このタスクの射撃技術は熟練していた。

 楼の隊に一瞬遅れて射撃し、こちらの回避後を狙ったかと思えば。
 次の射撃は真逆のベクトルを採用し、楼の隊の前に射撃をして意表を突く。

 常に遠距離から必殺を狙ってくるタスクは――怜の余裕を奪う。

「敵はただでさえ厄介なヴァーチャーで強化までされているのに、こんな機体で本当に対抗できるのか…」
 そんな言葉を呟きながら機体を動かす彼に驕りは無い。
 ただ、冷静に機体を動かし。
「…おおっ!」
「!」
 ただ、自分の距離を生かそうと思考するだけである。
 叫びを上げて突っ込んでくるヴァーチャーに戦慄しながら、しかし彼は自機の性能を、この短時間で熟知していた――。
「これなら…!」
 まず最初に、<聖抗障壁>の防御。
 そして同じく高速の心機、サラ機がヴァーチャーに牽制を掛けてくれるのを視線で捉えて――高速離脱しながら<烈光破弾>を見舞う!
「ち…」
「さぁ、敵に休む隙を与えるなよ!」
 見事に離脱された事実に目を細める怜は、しかし楼の率いるゼカリア隊の射撃に追撃を断念せざるを得ない。
「…ノルン、首尾は?」
「はい〜、いざという時に殲機で再出撃できるよう、準備は万全ですよ〜」
「…頼む」
 己の逢魔・ノルンと、小さく言葉を交わすのは心で。
 実際に戦闘してみて、敵の実力に、策が必要かもしれないと感じた故である。


 ――それは、まさしく死闘であった。



「ハハハハハ――!」
「舐めるな…」
 一方の上空でも、激しい戦闘が続いていた。
 速度で敵を振り切ろうしつつ、天剣は地上へ向かって射撃を繰り返している。
「――!」
 対する真樹は、その敵の有利をさえ見越して、執拗に攻撃を続ける。
 多少の損害には目を瞑り、テラーウイングや魔獣殻、更には真狼風旋を使用して天剣を追い詰めていた。
「速さが足りない、スロウリィだよ…真蛇縛呪!」
「ちぃっ!」
 地上の戦力を減らしながら、天剣も油断することなくDEXの使役で対抗する。

「天剣、次は左から来るぞ!」
「了解」
 戦況を見据える逢魔・エルヴェイルの警句と、その重力の檻を始めとする助力が無ければ、おそらく地上への攻撃は諦めざるを得なかったに違いない…。
「この戦い、おそらくは穏健派への追い風となろう…ならば私は、雑用をこなすのみだ」
「ハ、日和見主義者の傷の舐め合いに興味は無いね。私が求めるのは混沌だ――!」

 両者は決定的に立ち位置が違う。
 和解は、現時点では有り得まい。

「貴様は単に火事場で騒ぐ野次馬に過ぎん…陳腐で半端な存在。私の前から消えうせろ、俗物」
「いかん、敵は捨て身だぞ…」
「――成程?」
 次の瞬間、真樹とエルヴェイル、天剣の声が重なった。
 太陽を背に、死力を尽くして真樹が真獣牙突の一撃を放ったのだ。
 ――そして。



「これは…流石に、予想外だな…!」
 同時に、地上でも決着の時は近付いてきていた。
 怜のヴァーチャーは、最強の敵だったが――それはしかし、不敗を意味しない。

「最後の一撃…やらせて貰うっ!」
「くっ!」
 最初に仕掛けたのは、心だった。
 敵の一撃に左腕を切断されながら、残る右腕と兆予見撃を以って決死の反撃を見舞う!
「ちっ…」

 慌てて輝癒光球を使用するが、しかし。
 魔皇の牙は、その一本で終わらない。

「一撃だけの重さなら、こっちのが上だ…くたばれッ!」
「貴様、殲機で私に挑むか…!」
 次に挑むのは楼だ。真樹から譲り受けたモノを併せ、指揮下に二機いたレリエルに裂光破弾を放たせ、間隙を突いて真ブレイドマスタリーの一撃を全力で放つ!
「舐めるなァァァ!」
 左肩部へ確かにめり込んだ一撃を是としながら、彼は全力で楼の機体に反撃する。凄まじい衝撃は通常の殲機には耐え切れず、吹き飛ばされる楼機。
 そして。
「どうせこの機体は壊れるんだ、なら盛大に壊してやる」
「馬鹿な…!」

 ――ほぼ同時に、タスクの機体が全速力でヴァーチャーに激突した。

「ぐ、う…!」
 怜も、彼の放つ閃神輝掌を回避することは出来たが、その後にタスク機が突撃するとまでは予見できなかった。速度と重量が存分に生かされたソレは、タスクの機体に致命傷を負わせる代わりに、ヴァーチャーの『聖凱』さえも傷つける。

 ――そして、まだ反逆の途が一人。

「好機だ。仕掛けるぞ……!」
「サラ様、くれぐれもご無理はなさらず……!」
 サラが、往く。
 SFを新たに使う暇さえない。
 離脱も、
「……させねぇよ……しかし、不毛だな……本当は誰だって――こんな戦いはしたくないのに……」
「!」
 満身創痍の心が、掴みかかってきて、ついに適わない。
 故に。
「はああああああああ!!」
「…見事だ」


 それが、決着の一撃だった。


4/

「争いを嘆く無垢なインファントテンプルムの祈りが法皇ユディットを動かし、『エグリゴリ』の基礎が生まれた。魔属にも少なからず共存を探るものも居て、それが今の北海道の基盤を作り上げた…」

 その頃、浩之は。
 敵だった者へ言葉を紡いでいた。

「神、魔、人が手を取り合って、共生する北海道という存在は、不条理な戦争に対する強い反発が生み出したものだ。また、神属には絶対遵守の力、逆らえば命を奪う戒め≪ギアス≫があった。文字通り、命を懸けて勝ち取った結束だ……」

 それは、彼の想い。
 誇張も虚飾もしない、一人の魔皇の心情。

「しかし、かつて敵として戦ったものに…今の北海道はなろうとしている。俺は『雪花の魔皇』として、これを赦すわけにはいかない」
「…成程?」
「……」

 聞いているのは二人の男。
 一方は苦笑して肩をすくめ、もう一方は沈黙している。

「…もう、戒め≪ギアス≫は無い。本当に守りたいものを…守れ」

 目を見張る彼等に真摯な一瞥で答え、浩之はイルイと部屋を後にする。
 強硬派の戦闘と怜の不在は、彼や穏健派のチャンスだ。この機を逃すことはできない。


「…さて、どうするよ?一等陸尉殿」
「私は…あの地を愛している。別にあの男に感化されたわけではない」
「…ふん?いいぜ。お前がどちらにに与しようが、俺は付き合ってやるよ」
「…すまん。隼人」

 残されたその二人は、そんな言葉を交わした。
 ――彼らがその後、どう動いたのかは現時点では分からない。



 だが――平和への道が漸く見えてきたことは、どうやら確からしかった。




5/

「…ク、まさか私が負けるとはな」
 サラの決死の一撃は、反撃を受けつつも敵に致命傷を与えていた。
 怜は、ヴァーチャーの『聖凱』をその場にパージして、高速で機体を離脱させていく。
 それを追えるだけの実力者も――また、死力を尽くしていた。
「私を打ち破った貴様等に誉れあれ。井上・怜を崩す戦果、存分に誇るが良い」

 聞こえるのは、そんな声。
 同時に、全北海道軍が即座に撤退を始める。

「…ち。どうやら、穏健派が活発になってきたようだな…影で動くのは誰か…。まあ良い、私は私の正義を信じるだけだ――」

 ……そうして、最強の敵は去っていった。



「退き始めたようだな…」
「…」
 その頃、天剣と真樹の死闘も終焉を迎えていた。
 決死の一撃を受け、天剣の機体の『聖凱』も崩れ落ちる寸前で、両者に戦う力は殆ど無い……。
「さて――果たして、勝者は私かお前か、どちらかな?」
「…黙れ。次は必ず殺してやるぞ、享楽者」
「クク…では、また」
 抑揚の一切無い真樹の言葉に暗く嗤って、天剣は退く。

 彼の地上攻撃の結果、撤退者はかなり増えた。
 その意味で彼は一定の戦果を残せたことになるが…しかし、真樹が単身で天剣を食い止めたことも事実である。
 痛み分け、だろうか。



「「…」」



 戦略拠点を巡る戦闘が、終わる。
 大きな一つの節目を実感しながら、魔皇達は沈黙して先の未来に思いを馳せるのであった――。