「さて、私も色々と忙しい身なのでね、早速本題に入らせて貰うよ」
顔にかかる髪をさらりと掻き上げて、彼は言った。
グレゴール刑事、狸小路公彦の上司にあたる男で、名をマティアスという。
「本題はいいが、ここを指定した理由を聞かせて貰おうか」
京都御所に程近い場所に設けられたGDHP京都支部、その駐車場に20時、時間厳守のこと。
彼らに届けられたメッセージには、ただそれだけが記されているだけだった。差し出し人の名前すらないカードからは、微かに甘い香りが漂っていて‥‥。
「おかしな事を尋ねるね。ここじゃ不満かな?」
「‥‥っ!」
この男に、待っている間の居心地の悪さを説明しても無駄だろう。だから、拳を握り締めて言葉を飲み込んだ。
「職員もほとんど帰ってしまったからね」
「ついさっき、一斉にな」
頷く男の表情に、魔皇の1人が眉を寄せた。
「まさか‥‥」
「この辺りは、うちに割り当てられていてね」
その言葉に納得する。彼の部署に割り当てられた駐車場、使っているのは彼の部下達ばかりだ。
「あまり人に聞かれたくない話だったものでね」
さらりと続けた彼に、僅かな脱力感を感じながらも魔皇達は居住まいを正した。わざわざ、他者を排除した空間を作って魔皇達を招集するぐらいだ。よほどの事が起きたのだろう。
「まず、彼女を紹介しよう。蝶野流歌さん。京都メガテンプルムのシステム管理に従事している」
マティアスの傍らに立っていた女性が、小さく頭を下げた。
「メガテンプルムの?」
まじまじと見つめると、流歌は居心地悪そうに身動ぎ、俯いてしまった。どうやらひどく内気な女性のようだ。
「今日の早朝、メガテンプルムのコンピュータにハッキングをかける者が現れてね。いち早くそれに気付いた彼女が防御プログラムを走らせて大事には至らなかったんだけど」
マティアスは声を潜めた。
「ハッカーを撃退した彼女は、ハッキングの経路を辿ってハッカーを追いかけた。そして、ハッキングに使われたであろうパソコンを見つけた」
「は?」
そんなに簡単に見つかるものだろうか。
肩を竦め、彼は魔皇達の疑問を見透かしたように言葉を続ける。
「勿論、本来はそんなに簡単に突き止める事は出来ない。ただ、今回の場合は、ハッカーが残した足跡‥‥情報が多かったそうで、そこから特定したらしい」
ますます身を縮こませた流歌の肩を軽く叩き、彼は魔皇達を見回した。
「だが、そのパソコンのある場所が問題でね。繁華街から一本外れた、ちょっと寂しい通りにあるビルの2階、とある特殊な職業の方々の事務所なんだけど」
あー、と魔皇達は天を仰いだ。
新たな秩序が生まれても、旧態依然とした独自のルールで街を闊歩する者達は多い。
彼らは公的機関の干渉を嫌い、自分達のテリトリーを守る為には衝突も厭わない。
「厄介だな」
「そう、厄介なんだよ。事が事だけにね、我々が動いている事を知られたくないし」
「? メガテンプルムへのハッキングは公に出来ないのか?」
国家組織でさえハッキング被害に遭う事もあるのだ。別に隠す必要もないと思うのだが、どうやら今回は事情が違うらしい。
互いに顔を見合わせて、魔皇達は彼の言葉を待った。
「ハッカーがアクセスしようとしていたのはね、大天使リューヤが研究していたルチルについてのデータなんだ。そして、簡単に特定される程シロウトなのに、厳重に防御されているメガテンプルムのコンピュータに入り込み、他のものには見向きもしないで、ルチルの研究データだけを狙っている‥‥」
「確かに奇妙な話だな」
プロのようでもあり、シロウトのようでもある。
しかも、一般人には関係のないルチルのデータを狙ったという。
「くわえて、問題のビルの周辺では、最近、野良サーバントが増えている。そこで、君達の出番だ。そのビルに赴き、ハイテク犯罪に使われた可能性があるパソコンを押収して欲しい。パソコンの特定は、この蝶野くんが同行して行う。それからー」
彼は数冊の手帳を魔皇達へと差し出した。
「我々の預かり知らない所で、『何か』を発見しても構わないよ」
にっこりと微笑んだ男に苦笑しながら、魔皇達はそれぞれにその手帳を受け取った。
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